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映画「ヤクザと憲法」舞台挨拶、トークイベント

2016年1月30日(土) KBCシネマ(福岡県福岡市)
映画「ヤクザと憲法」舞台挨拶、トークイベント
出演:阿武野勝彦プロデューサー、圡方宏史監督


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<阿武野>
「ヤクザと憲法」の反響は大きい。

東京では100人のホールに130人くらい毎回入っており、
なおかつ、御帰りいただくこともあったり申し訳ない気持ちでいっぱいでもある。

8本目のドキュメンタリー映画であるが、中では一回の上映で一人という回もあって、
映画館に電話して、ゼロだったらどうするのか思わず聞いたこともあるくらい。
15分ルールがあり、上映開始されて1リールが回ってしまう15分前までは遅刻していいというルールがある。

人が入らない映画を随分やって、それでも東京、名古屋、大阪でもそれでもやろうよと言う映画館があって、
いつか満席にしてお返ししなければと思っていた。

この映画「ヤクザと憲法」も一人とか15分ルールが適用されるかと思っていたが、
東京では1/2(土)から上映し満席の状態で、なぜこんな見に来てくれているのかをつかみかけている。
東京、名古屋だけでもうすぐ一万人くらい入る。

毎日、毎日、何人入っているか報告をもらっている。
雪が降った日でも結構入っている。
何で見に来たか、どこから情報で見に来たかわからないくらい戸惑っている。


<圡方>
東海テレビの場合はドキュメンタリーの題材としてヤクザをやってはダメだという規制がない。
興味があって、それが世の中に伝えるべきものであればやれる。
どこの局もヤクザに興味があると思うが、多分ダメと言われたが、言われるだろうとしてやめる。
東海テレビではそれが通った。

この作品を作る前に警察担当の記者をしていた。
愛知県警の暴力団対策の四課担当だった。
ヤクザのことをよくわからなくて恐ろしくて、恐怖のピラミッドの頂点にいるかなと思っていたが、
捜査員に聞くと、今はそうではない、と。
今のヤクザは底辺にいて悲惨だぞという話を聞いて、かなり意外で興味を持った。

イメージとして、ヤクザは警察と同じくらい均衡して対立しているものだった。
現実をメディアの人間も知らないし、一般の世の中の人も知らない。
自分も見たいし、それを伝えたい。
それが映画「ヤクザと憲法」を作ろうとしたきっかけ。

取材先として、地元の山口組のトップの弘道会を取材したかったが、
ヤクザ側に取材を受けるメリットがないせいか断られた。
映画に登場している大阪のヤクザを取材することができた。


<阿武野>
本当はこの題材はやりたくなかった。
圡方がヤクザの題材でドキュメンタリーとして追いかけたいと話を持ってきた。
実はあと3年で定年なので、円満に定年を迎えたいなあと思っていた。

例えばナレーションを誰かにお願いするときの契約書の中に、
暴力団および暴力団に関連することがあったときは契約を一方的に解除するという文言が入っている。
それだけ放送局が暴対法、暴排条例の中にいる。

暴力団と関わることのタブー感、やめた方がいいというよりも
元々関わらないものとして、警察情報だけそのまま流しておけばいいという感じでいた。

圡方が暴力団の企画を持ってきたときはディレクターではなく記者のときであり、
今まで誰かが企画を持ってきたときは悪くてもいいねえその企画と言うことにしていたが、
いきなり定年まで三年しかないからさあと言うのはカッコ悪いので調べてみたらと言った。

圡方も毎日のように調べて回っていたが、私は私でこの企画をやめさせようということで
そんな取材をしたら殺されるよ、嫌がらせを受けるよ、土台ムリだよと言ってくれる
人のところに連れていくべく、四課の愛知警察OBや弁護士のところに連れて行った。
しかし、それが逆に見てみたい、ぜひやるべきだと言われてしまった。

愛知警察OBと場所を居酒屋に移したときの話で、
どぶの中に手を突っ込むでしょ、泥が自分の手の中にたまる
それを泥団子にしようとするとき、指の中から出てくるのは徹底的に取り締まる
だけど手のひらにおさまっているのは適当に生かしておくもの、
それが社会の懐の大きさではないのか、と酔っぱらったときに言われた。

これが愛知県警四課の元幹部の考え方なんだなとわかった。
圡方がやろうとしていることを逆にやめろ、殺されるよ、嫌がらせにあうよと
言ってくれる人に連れていったら、逆に取材の意図を聞かされた思いになった。

弁護士のところに連れて行ったときも、いいですねえ、私も興味があるという話になった。

手のひらに残っているものは一定程度、社会は収容するべきという考え方を聞いていくうちに、
圡方が調べてきた人権が蹂躙されているのではないのか、ヤクザそれでも人間ではないのか
という思いに至った。

取材ではヤクザがどういうバッシングされているのか一端を見た。
バッシングする社会は何か。
最近だと、ベッキーのバッシングがひどい。
何かの材料を見つけると、私たちの社会はここまで怖いというのが一端が出た。
そのような形で取材を進めた。

取材先として北九州の工藤会、岐阜の組などいろいろと名前が上がった。
福岡は密着していく上であまりにも遠すぎ、しかも、そのときは福岡県警の工藤会殲滅作戦を展開していた。
そこにカメラを持ち込んでいくということはどれだけ社員の命の危険にかかわるのかというのもあって
工藤会に入るという話はなくなった。

いろいろなところにぶち当たりながら、東組の川口会長にアクセスすることができた。
川口会長が死刑弁護人を観ていたということもあって、しかも死刑弁護人を作ったスタッフが我々であった。
死刑弁護人のスタッフならばということで取材が始まり、一本のドキュメンタリーが裏書になった。

取材を行う際に条件を提示した際、それについてまったく異論はなく、
自由にしてもらったらええわということで取材が進行していった。


<圡方>
組長がいいと言えば絶対OKだが、現場は誰も喜んでいなかった。


<阿武野>
取材の条件では暴力団だから特別なお話はなく、
後で言った言わないがあると困るので、箇条書きにして条件を持って行った。
基本的にすべてドキュメンタリーを取材するときのやり方そのものを提示したに過ぎないが、
それについては自由にしてくれたらええわとなった。

そのとき、組事務所に行ったが多くの人がいた。
日常の組事務所の様子がわかっていないからこれが普通の光景だろうと思った。
川口会長と話をしていたら、小父貴(おじき)と呼ばれる人たちが入ってきた。
そうしたら「お前ら、憲法を守れや!」「人権をどう思っとんねん!」と言ってきた。
そのときは誰が誰に言っているのかと思った。
帰りにもまた 小父貴の一人がまた「人権、守れや!」と言ってきた。

いつもこういう感じだろうと思っていたら、会長の誕生日だった。
要するに、みんな酒を呑んでいたが、その宴席の場でも交渉事をしていたということだった。
それくらい僕らは彼らを知らないということから始まった。


<圡方>
ヤクザの人たちは、まずお金がない。
もっと外食に行って、夜な夜な街で宴をしているイメージだったが、全然お金がない。
休みの日は家にいる。外に行くとお金を使うから、と言われたときは意外だった。

ヤクザの人たちは、しゃべっている分にはいい人で、そこは苦労した。
絶対、いい人に描いていてはいけない。
普段なら取材対象の懐に飛び込んで、その人たちのことを好きになるというのが
ドキュメンタリーの鉄則だと教わってきた。
しかし、今回ばかりは好きになってはいけない、好きになってはだめだと思った。

暴排条例に関しては、暴排条例的な一線があって、そこから踏み越えて、
一緒にご飯を食べに行く、おごってもらう、車に乗せてもらうことですら、
もしかしたら逮捕されるかもわからない。

どこから線引きなのか法律で決まっていない。
条令なので警察の判断だから、どこからかアウトなのかがわからない。
ネットとかで調べても、とりあえずやめておきましょうみたいなことばかり書いている。

とにかく距離感を保ちながら取材するのが非常に苦労した。


<阿武野>
どのドキュメンタリーもそうだが、決め決めでこういう物語にするとして取材を展開したことがない。
ヤクザの中には入るが、そこでどういうものが撮れたかで作っていく。
こういうシーンが欲しい、こういう風な形になるだろうから、あらかじめ仕込みのようなことはしない。
取れ高払いで、作品を構築していく。

最初は圡方が人権問題かもしれないと言っていた。

仮タイトルは人権に関するみたいなものだった。
「ヤクザと人権」にすると、ヤクザの人権問題を作っているという形態になってしまう。
ヤクザの存在そのものを是認しているわけでも肯定しているわけでもないけれど、
人間として彼らが扱われているのかどうなのか問われるべきことなので、仮タイトルは変えた。

最後まで、東海テレビの報道局内で、これはやめた方がいいという意見があった。
ここまでローカルで積み上げてきたドキュメンタリー番組をヤクザで壊していけない、と。
もう一つの意見は社会的にはホワイトハンドの原則で、黒い手の人間に人権なんてないんだよ、と。

放送をどうしたらいいのか、一度はやめた方がいいという意見が出つつ、
東海テレビ本体ではなく報道局内での非常に建設的な表現をしていく上でのしのぎ合いがあった。

2015年3月30日(月)にテレビで放送している。
74分で、東海テレビローカルで愛知県、岐阜県、三重県の1200万人エリアに放送された。
通常、土曜か日曜のお昼にドキュメンタリーを放送しているが、
ちょっと腰が引けて、昼に放送すると青少年への影響もあり、批判も変な形で反響するのは嫌だなあと思い、
それもありつつ、生活音が消えたところでじっくり見てもらいたい思いもあった。
日曜の深夜に24時35分くらいから放送した。
放送したところ、よく取材して見せてくれたというのが東海テレビのエリアの方々の意見でった。
本当のところは6対4ぐらいで、こんな反社会的な番組を作るなんてけしからん、
何を考えているのか、ヤクザを肯定するのかという意見が4割ぐらい来ると思っていた。
喧々囂々の論議が起こるかと思ったが、95対5くらいでよく放送した、初めて見るものだった、と
結構、制作意図を理解してくれた。

それはおそらく、年間3本から4本くらい厳しいものも含めて
しっかり時間をかけてドキュメンタリーを作っているので、
東海三県の視聴者、同時代同地域の人たちが我々の番組については覚悟して見てくれる
ということができるようなったのでは、と。
そういうコミュニケーションが成り立つようになったような証のように思えて、
これはぜひ全国で見てもらいたいと思った。
単館上映という形で再編集して、監督が思いのたけをぶつけられるよう、96分という形になった。

これが去年の3月からの出来事。

集団的自衛権の話もそろそろ出てくるころで、突っ切る方法は「憲法」だ、と。
編集の最後の完全パッケージになる10日前くらいに「ヤクザと憲法」とタイトルにして、
憲法14条を出そうと決めた。

報道部長、報道局長が壁になってやめるべきだと、エキセントリックすぎるとか、
ヤクザ寄りに見えるよとか、ヤクザを擁護していると取られて二度と番組を作れなくなるかもしれないよ
という壁を作った。

その壁を乗り越える方法を考えて、「ヤクザと憲法」というテーマが出てきた。

去年の3月30日の放送が終わって、二週間くらい後に川口会長を訪ねた。
いろいろな人からええ味出ているなあと言われた、と。
岐阜に墨俣城のところに桜を見に行ったときに、知らないおばさんにテレビの人と声かけられた、と。


<圡方>
愛知県警は興味持って番組を見ていたとのこと。
警察は縦割りだから、愛知県警は大阪府警のことは関係ないから笑いながら見ていたはず。

名古屋は弘道会がいるが、街ではまったくヤクザを見ない。
僕らもどこにいるのかまったくわからない。

大阪はすごく地域に根差している。
正直、もっと一般人の人がヤクザに対して虫けらのように扱っているような
今の世の中がヤクザに対してどう思っているのかのところを撮りたかったが、
通天閣の近くの串焼き屋のおばちゃんみたいに、ヤクザええでみたいな
思った以上に溶け込んでいた。

多分、昔ながらのヤクザだからだと思うが、近所、地元から嫌われたら生きていけないというのがある。
カットしたが東組の総長の葬式の場面で近所の人たちが結構、見に来ていた。
近くまでは来ていないが、ええ人やったのになあと普通に立ち話をしていて、
このような関係性なのだとびっくりした。


<阿武野>
愛知県だけではなく、全国に暴追センターがある。
暴力追放推進県民会議。
愛知県の暴追センターは全員、この映画を見に行けと言っているらしい。
やはり実態を知らないまま、一体、どういう人間がどういう経緯でヤクザになっていったか、
どんな考え方をして、どんな顔付きで、どんなものを食べて、どんな話をしているのか
高齢化しているのか、など見てみないとわからない。
古典的なヤクザの集団かもしれないが、実態として可視化しているので
そういうものとして見に行きなさい、と。

東京や名古屋では、毎回、数人ほどヤクザ業界の方が見に来ているらしい。
見て、自分たちがこう写っているのかとおそらく対象化するかもしれないので、
それはそれでいろいろな見方があると思った。

組員が誰か助けてくれる人いるのか、誰も助けてくれないと答えるシーンがある。
助ける人がいるかいないかで、右に行くのか左に行くのか、
ヤクザになるのか何とか社会生活を営んでいけるのか、という
その危うさ、ギリギリの中に誰も生きているのに、なんとなく社会のド真ん中に自分がいるような
気持ちで人を攻撃する社会はおっかないと思っている。
この映画は他人事でもない。

我々は社会のド真ん中で生きているつもりでいるから感じないかもしれないが、
事によって一度はじき出されたら、こういう目に遭うということを想像して観てほしい。




<質疑応答1>
関西人なので、地元が出て、切実に見させてもらった。
ヤクザというベールを取ると弱者として生きていると感じた。
映像を通して、温度というものがわからないので、現場で感じた温度はどういったものか。
次に追いかけたいものは何か。


<圡方>
距離感がすごい近い人たちと思った。

一般の人はほどほどの距離感を保つのが得意で、
敵でもない味方でもないみたいな他人行儀で話せる人が多いが、
彼らは距離感がすごく近い。親近感がある、壁がないというか。

逆に言うと、それだけ近くにグッとくるので、タコ焼きなどをおごってくれようとして、
それは食べれない、暴排条例で・・・と言うと、
段々、なんでわしらの好意が受け取れないのかと怒りに変わる。


<阿武野>
仲良くなっちゃいけないと思いながら、しかし知りたいわけで、心の中で葛藤があり続ける。
取材対象として、彼らを守らなければならない部分もある。
映画やテレビで彼らを扱うことで、彼らに不利益を起こらないようしないといけない。

一番難しいのは犯罪をそのまま見過ごすことはいけないこと。
取材者の立ち位置が極めて難しい。
圡方がよくやりきったと思う。

ヤクザのみなさんから、何かを感じてもらう、日本人の何かを感じてもらう、
日本の何かを感じてもらう、今の日本の何かの姿を感じてもらう、
向こう側から見える市民社会はこんな感じなのか、というのを見てもらえればと思う。


<圡方>
21歳の彼はここ以外居場所がない、と。
ここを追っ払われると行くところがない、と。
組が魅力的というよりも、組以外にいる場所がない。
僕らはなぜ続けているのかという思いがあり、
何回も何回も彼にインタビューをした。
取材を通して感じたのは、彼が学校の中で排除されているという状況と
今のヤクザが社会の中で排除されているというところが似ていると思った。




<質疑応答2>
なぜ、タイトルが「ヤクザと憲法」なのか。
憲法は関係ないとずっと感じた。
「ヤクザと人権」というタイトルはできなかったのか。
「ヤクザと憲法」でないと、タイトルが通らなかったのか。

暴排条例ができて、マスメディアの中の報道でヤクザ、暴力団を論じるときに
言説に以前に比べて変化があるのか、圧力という形になっているのか。

暴排条例に反対する知識人たちの集会があって、それに関する論評、報道など
以前に比べて変わっているのか。


<圡方>
暴排条例ができてからのメディアの暴力団取材で実感するのは明らかにやりにくくなっている。

警察を通して彼らを知る以外、取材は何もやっていない。
何をしたら暴排条例に引っかかるのかというのがメディアもわからない。
厳密に言うと、法律ではなく条令なので警察の判断一つとなる。

例えば、この作品を作るということで、暴力団に利益を供与しているじゃないか、
暴力団の肩を持っているから利益供与である、と判断されるかどうかは正直わからない。

もしこれで東海テレビにガサを入れてきたとしても、
やっぱりだめだったのか、そうだったのか、ということを思ってしまう状況。

タコ焼き一個をおごってもらうこと、車で駅まで送ってもらうことすらもアウトかセーフかもわからない。

実際にやってみて捕まったらわかるということなので、
そんなことは今のメディアは恐ろしくてできないだろう。

だから安全なやり方というか取材すること自体が利益を供与しているなんて
冷静に考えたら考えにくいが、メディアはびびっているというか自主規制している。


<阿武野>
ヤクザを扱うこと自体がタブーになっている。
例えば、山口組と神戸山口組の分裂があったが、ほとんど報道されていなかったのでは。
突然のように最近になって、車を騙し取ったとか軽微な事案で家宅捜索が入った
というような報道がされるようになった。

テレビではほとんど扱わない。
絶滅をしていく過程にあるもので、すでに扱わなくてよい存在になっている。

圡方が暴力団をやってみたいと言い出したときは山口組と神戸山口組の分裂のずっと前で、
誰も触らなくなったものについて、必要悪という論調ではなく、
ヤクザそれでも人間ではないのか、という考えだった。

追い込まれ方がおかしいのではないのかというのが根本的に頭の中にある。
川口会長自身も、ヤクザなんていない方がいいんだと最初答えた。
だから、私たちは追い込み方、暴力団をやめさせる過程というのがおかしいのであって
それでも人間ではないのか、と思うところまで下がらないと
このドキュメンタリーが作れないと思ったときに、ストレートに「ヤクザと人権」というとつまらない。
人権?ああもうわかったわかった感じになる。

もう少し、世の中に憲法とは何かと広まり始まる題材でもあるし、
憲法が蹂躙されているのは9条だけではないというのも含めて
大きな視線でまったく異質なヤクザと憲法をくくってみると、
観た人に広がりのある想像力が生まれてくるのではと思う。




<質疑応答3>
ヤクザはここまで追い込まれていたのかというのが率直な感想。
ヤクザと言えば羽振りが良く、お金をいっぱい使うイメージがあると思うが、
経済的にかなり厳しいのが垣間見れた。そのためか元気がない。
暴排条例も想定以上にかなり効いている。

全国のヤクザは追い込まれているのは間違いない。
ラストでの言葉の通り、ヤクザを辞めても受け入れるところはない。
となると、マフィア化するしかない、もっと裏に隠れて犯罪的なことをするしかない。
ヤクザを一方的に排除することで、恐ろしい事態が進もうとしているのが改めてわかった。

で、ヤクザに対する風当たり、規制はまだ激しくなるだろう。
ヤクザというだけで、まるで身分法のごとく排除されるだろう。
これはまさに憲法14条の法の下の平等に違反する違憲状態とも言える。
そもそも、暴排条例とか憲法14条違反の違憲の可能性が非常に高いもので、
国会通過をまともにできないので、条例という形で制定している。
ヤクザだから銀行の口座を作ったら犯罪、宅配便も遅れないなど、
暴排条例の制定はまさに「権力の暴走」とも言える。
この憲法違反、権力の暴走とも言える状況が起きている中、
厳しく言えば今になってこの問題を取り上げたのはなぜか。もっと、前に指摘できなかったのか。
昔ならテレビでもザ・スクープなどもっと取り上げていたのではないのか。
権力チェックがメディアの使命だろう。


<圡方>
僕は指摘というより考えもらうレベルでドキュメンタリーを作った。
現状を知ってもらいたい、自分自身も知りたい。
知ってそこから、いろいろな考え方が生まれると思う。
自分自身もそうだが東海テレビのドキュメンタリーもそうだが、
こっちに思ってくれというのはなく、これを見てモヤモヤしたり考えてほしいというのがある。

あれ何かおかしいぞと考えてほしい。
憲法違反だと強く言えないところがある。

暴排条例がきっかけで、一般社会とヤクザというものは隔たりがあるのが実際に見ていてわかる。
理屈で本を読んでみても、よくわからない。

今のメディアは警察側から話を聞く。それしかない。
そうなると、どんどん警察側からの立場になる。
中立に考えようと思っても、一方だけの話を聞くと、どうしても警察側になる。

阿武野もよく言っているが、向こう側に入って社会を見てみるのが大事と思い、
それを見た上でどうだこうだが大切。
抽象的な回答で申し訳ない。


<阿武野>
多様な物の見方ができるようになるのが大事だと思う。

権力チェックも大事だし、そのことをやめてしまえばテレビ局なんかいらないとも思う。

ただ、ある論調、イデオロギーに思いっきり持っていって、何が起こるかというとバッシングが起こる。
そうではなく、いろいろな物の見方ができればいいなあというのが僕らの根底にある。

見えないものを見たらどう思う?僕らが初めて見たものだから
ぜひみんなに見てもらいたいというところで動いている。

このドキュメンタリーも40分テープで500本くらいで100日くらい取材に行っている。
何を提示しようしているかというとヤクザはこんな風だ、こんな追い込まれ方になっている。
この追い込まれ方はいいのか、と。

ヤクザを肯定するつもりも擁護するつもりもない。
川口会長もヤクザはいない方がいいという考え方。

なくならせるプロセスを考えていかないと、今のやり方は間違いじゃないのか
という提示に留めている。

そこまでしか我々にはできない。
テレビは弱い。




<質疑応答4>
「ヤクザと憲法」というタイトルに惹かれて、大分から観に来た。
普段は憲法を意識することはない。それは自由だから。
ヤクザの人たちの不自由を垣間見れた。

出演したヤクザの人たちは今回の作品をどう思っているのか。
警察の反応、他のヤクザの人たちはこの作品をどう思っているのか。


<圡方>
ヤクザの人たちは興味深く見ているらしい。
名古屋のヤクザの人たちは録画して、組事務所で見たらしい。

意外と聞くのは、彼らにとって日常生活なので
それを見せて何が面白いのかというところがあったという。

僕らが見ると初めて見る世界だが、彼らからすると当たり前の日常。

考えてもらうという作りなので、もしかしたら物足りないと思われるかもしれない。
よくやってくれたというものはない。


<阿武野>
メリットは彼らに何もない。
目立つだけ損で、警察から目をつけられる。
取材を受けたのは自分たちがこういう状況にあるということを知ってもらいたい
という川口会長のその一点だけ。

死刑弁護人というドキュメンタリーを観て、信用してもらえた。
どんなリスクもあっても俺が判断したこと、だからリスクは甘んじて受けるという男義があったと思う。

映画「牡蠣工場」舞台挨拶、トークイベント

2016年1月23日(土) KBCシネマ(福岡県福岡市)
映画「牡蠣工場」 舞台挨拶、トークイベント
出演:想田和弘監督


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今日、「牡蠣工場」はKBCシネマで日本で初めて一般公開された。

この映画を観た方、予告編を観た方の中に、
中国人実習生の問題、東日本大震災の傷跡とかテーマが先にあって、
そのテーマを描くために牡蠣工場を探し当ててそこに辿り着いたと見られてしまうが実は違う。

まったくの偶然で、カメラを持って牛窓に行ったときは牡蠣工場を撮る予定ですらなかった。
では、何故、牡蠣工場にカメラが向くことになったかというと妻の母親の故郷が牛窓だった。

よく牛窓には遊びに行っており、ここ数年は妻の母親の同級生のお家の離れが空いているので
そこを使わせてもらって夏休みを過ごしたりしていた。

浜辺とかで妻が太極拳をしていて目立ったせいか、漁師さんたちに話しかけられ、
そうしているうちに漁師さんと仲良くなった。
その漁師さんたちは70代、80代だった。
後継者もおらず、魚も減っているという。
もしかしたら、牛窓という街から漁師さんがいる風景が、
僕らが当たり前と思った風景が消えてしまうのではという気がした。

もし、そうだとしたら全国的に言えることではないか、
牛窓でそうだとしたら日本全国で起きているのではという気がした。
日本は海洋民族で、海に囲まれていて、水産物と漁業に関係の深い
国民性だと思うが、その漁業をする人たちが沿岸から消えてしまう、
その前に記録しよう、あとよく見せてもらいたいということで
漁師さんにカメラを持ってお邪魔したいとお話しした。
それが夏で、実際にカメラを持って行ったのは11月。

その漁師さんはタコ漁をしていたのだが、実際に行ってみたら、
今はタコではない、牡蠣の漁だ、と。
そのときは知らなかったのだが、牡蠣工場を持っていて、
牡蠣を剥く作業が11月から始まり、今がちょうど忙しく、
牡蠣工場でよければどうぞということで撮り始めた。

ここに中国人の方がやってくるとか、漁師の方が宮城出身だとか
まったく知らず、カメラを回して追ってみたらこうだった。

カレンダーに「中国来る」と書かれていたのが大きい。
自ら観察映画と言っているように、そこにあるものをよく見るようにしている。
カレンダーを見ると、11/9(土)に「中国来る」とメモ書きされていた。
これは一体何だろうと思って、会話に聞き耳を立てていると、
二人の中国人労働者がやってくるのが11/9(土)ということだった。
みんな、不安と期待が入り混じってピリピリしていた。
どんな人が来るのだろう、どういう風に打ち解けよう、と。

ここでまた中国に出会うとは思わなかった。
その直前に中国に映画祭で行ったりしていた。

グローバリズム、国際化というキーワードで語られるような現象がそこに起きていた。
牛窓はかつて非常に栄えた町だが、今ではどんどん人口が流出して過疎化が深刻。
労働者がいなくなっていて、働く剥き子さんがいなくなったので中国人を呼んでいる。

過疎化していく古い古い町というのと、グローバリズム、国際化というキーワードが
僕の中でまったくつながらないのだが、
実はよく考えると、過疎化が進んでいるこういう町だからこそ、
グローバリズムといった現象の最前線があると気が付いた。

広島で牡蠣工場で殺人事件が起きており、その事件が記憶に新しい時期で
中国人労働者が来るときに途中で撮らないでくれと背中を向けて言われ、
抗議されたときは本当に焦った。
そのときは広島の事件はまったく知らなかった。


僕は観察映画の十戒をもっている。
・被写体に関するリサーチを行わない。
・被写体と撮影内容に関する打ち合わせは原則行わない。
・台本は書かない。作品のテーマや落としどころは撮影前や最中に設定しない。
 行き当たりばったりで撮影し、予定調和を求めない。
・カメラは一人で回し、録音も一人で行う。
・必要ないかもと思っても、カメラは長時間あらゆる場面で回す。
・広く浅くではなく、狭く深くを心がける。
・編集作業でもあらかじめテーマを設定しない。
・ナレーション、説明テロップ、音楽を原則使わない。
・観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し余白を残す。
 その場に居合わせているかのよう臨場感や時間の流れを大切にする。
・製作費は基本的に自社で出す。
 金を出したら、口を出したくなるのが人情。
 ひも付きの投資は一切受けない。
 作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはあり。

今回も牡蠣工場を何も知らない状態でカメラを回している。
何故そうするかというと、先にリサーチして知識を仕入れてしまうと
それが自分のバイアスとなって知っていることばかり撮ろうとしてしまうため。


映画を撮る前はNHKのドキュメンタリーを撮るテレビディレクターをしており、
40本から50本ほどテレビ番組を撮った。
まさにそのときはリサーチをするのが当然ということで、
被写体と打ち合わせを重ねて、何が撮れて何が撮れないと全部把握して台本を書く。
ひどいディレクターになると、起承転結が最初から最後まですべて決まっていて、
エンディングまで決まっており、誰々が何を言うと取材対象者のセリフまで書き込まれている。
ナレーションも書いているので、その台本を持って取材に行く。

その台本はプロデューサーと一緒に詰めており、
プロデューサーがそれにGOサインが出ないと撮影に行けない。
しかも、プロデューサーは一人でなく、その上に何人もヒエラルキーがあり、
そこを全員通している。
だから、台本を逸脱することはすごい大変。

ドキュメンタリーは台本通りに展開するわけがない。
行ってみたら、必ず違う現実が展開している。
展開している現実の方が面白い。
そこで面白い現実を撮って帰ると、そうするとプロデューサーからものすごく怒られる。
何故台本通りに撮らないのか、オレはこんな番組を承認した覚えはない、と。
プロデューサーの立場からすればそうかもしれないが、
ドキュメンタリーだから違うものが撮れて当たり前。
それが通らないということで理不尽さを感じて、リサーチや台本はいらないとずっと感じていた。

これはNHKだけでなく、他局もそう。
日本だけでなく、他の外国もそう。


ドキュメンタリーは映像による日記という位置付け。
牡蠣工場は一週間だけ撮影した。
一度撮影を断られたシーンが出てきたが、あの翌日にもこの辺で止めてほしいと言われた。
新しいことを始めたというときで、不安がある上に
僕らがいるということは不確定要素が二つになったため。
撮れるものは大体撮れたので、牡蠣工場の撮影は一週間で終えた。
一週間とはいえ、毎日朝から晩まで牡蠣工場に入り浸るというのは普通できないこと。
アウトサイダーながら、その中でいろいろな人に会い、
いろいろな場面を目撃し、いろいろな話を聞いた。
その体験を映画的リアリティーに構築し、それを観客と共有するのが
僕がドキュメンタリーを撮る目的の一番大きなもの。

自分は牡蠣工場の世界はこんな風に見えたということを
観客と共有して疑似体験、追体験してもらいたい。


実は牛窓には三週間撮る予定で行った。
一週間で断られたので、あとの二週間はぷらぷらしようと
カメラを持ってうろうろしていたら、86歳の漁師の方と出会った。
70年間漁をしている方で、小さい船を持っていて今でも漁をしている。

ずっと漁をしていたせいかヨボヨボ歩いていて、
本当に漁に行って大丈夫かと心配になったくらいだったが、
実際に一緒に漁に行くとシャキッとなって物凄かった。

残りの二週間はその漁師の方、村にいるお婆さん、魚屋さんも撮った。
それも含めて一本の映画にしようとしたが、
牡蠣工場だけで一本に立たせたら面白いと、別々の二本にした。
もう一本は編集中。

僕の映画は情報を伝えるジャーナリズムとは違う。
映画というのはスリルとサスペンスという縦糸みたいな次を見たいと思わせる部分があり、
一種のドラマとして構築していくという意識はある。

メッセージはない。伝えたいことは僕の体験で、文字で書けるようなことではない。
だから、映画を作っている。
普段はいろいろ言語化し、文字にしていることをやっているから
それを探す方も結構いるかと思うが、映画ではメッセージのことはまったく考えていない。
描写をして自分の体験を共有して、
あたかも牡蠣工場の世界に放り込まれた体験をしてもらったときに
その体験から何を思うかは一人一人違う。百人いれば百人違うはず。
一番つまらないのはすべてメッセージに従属している映画。


311の東日本大震災、原発事故が起きる前までは政治的発言は控えるようにしていた。
政治的発言をしていると「選挙」という映画は色眼鏡で見られる。
例えば、自民党を陥れるために作ったんじゃないか、と。
あと、考え方が真逆の人が映画を観てくれないのでは、と。
政治的発言はしないようにして避けていた。

東日本大震災が起きて、原発の事故の様子をニューヨークで見ていた。
もしかすると帰ることがなくなるのではと思った。
東日本にもしかしたら住めなくなるという最悪のシナリオもあって、
東京放棄もあり得る状況だった。
幸いにしてそうならなかったが、そうなる可能性はあった。
そのときに自分の映画がどう見られるかどうでもよくなって、
感情的にいろいろとツイートし始めた。

その結果、雑誌とかに寄稿の依頼があり、いろいろと記事を書いたが、
映画を撮っていることも知らない人も出てきたぐらい。


海外で公開する際、瀬戸内海の片隅にある小さな牡蠣工場という半径1kmくらいの世界を撮って、
日本を全然知らない海外の人たちが見たときにわかるかなあ、伝わるかなあと思った。
あまりにもローカル過ぎる世界。
映画をあまり観ないアメリカ人の友達に見せたら、2時間半ずっと飽きずに観ていた。
それを見て、全然大丈夫と思った。

中国人が5日で辞めたという話が出てくるが、
ニューヨークでも同じようなことが毎日起きている。
レストランに入れば、そこで働いているのはメキシコ人、中南米の人。
外国人の労働者がいなければ、成立しない生活になっている。
スイス、フランス、モンテロールとかに行ってもそう。
みんな自分たちの問題として見る。

こんな小さなところにカメラを向けているのだが、
そこにもっと大きな世界の話があり、もっと普遍的なものが
世界のエッセンスというのが見える。

考えてみたら、当然。
牛窓も他の世界から隔絶されているわけではなく、世界の一部分。
必ず世界の力学の影響を受ける。
僕の理論は「世界は細部に宿る」。
何故かというと細部は世界の一部分なので世界の影響を受ける。
世界の構造の縮図が大体、細部に宿る。
狭く深くを心がけると言ったが、
小さい領域を深く見ていけば必ずそこにもっと大きな世界の構造、エッセンスが
映り込むはずだという確信はある。

明星和楽2015 TAKUYA トークイベント

2015年11月15日(日) 明星和楽2015(福岡県福岡市・岩田屋本館前)
出演:TAKUYA (元JUDY AND MARY ギタリスト)


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ここ10年でネットで何でも聞けるようになった。
通信速度やPCの性能が上がってきて、MP3のような軽いデータだけではなく、
もっと重いデータでも通信で聞ける時代がまさに来ている。

ハイレゾ音源、ハイレゾ通信という言葉が世の中に出てきて、
ハイレゾは音がいいと言われている。
確かにそうだが、実はハイレゾでレコーディングしたり、演奏したりするにはものすごく技術がいる。

しかし、今までMP3のような5MBになるからと
日本中だけでなく、世界中のミュージシャンがさぼってきた。
いざ、ハイレゾとなったときに出口のヘッドフォンばかりが進化して、
ヘッドフォンを作っている人はハイレゾは良い音でしょと言うが、
ハイレゾに対応できるミュージシャンはいない。

あなたたちは永遠に昔録った旧譜をハイレゾの良い音にして聞き直すつもりなのかという状況。
来るべき時代に、ハイレゾに対応できる設備をまず作って、
音楽の本来のところを盛り上げる必要がある。



そこで、福岡にてスタジオ建設を進めている。
福岡は立地的要因も含めて可能性がある。
以下、東京と福岡の比較。

■東京
・家賃が高すぎる。
・移動時間がかかりすぎて、終電を気にしないといけない。
 レコーディングの際、町田とか来ていたら、早く帰さないといけない。
・長い時間バイトして家賃払って、移動時間も取られていたら、
 音楽に割く自由な時間が取れない。

■福岡
・家賃はびっくりするほどは高くない。
・移動時間がかからない。
 天神からも遠くない場所にすべて固まっている。
 終電も気にしなくていい。
・都市部なのでバイトにも困らない。
・東京と比較しても自由な時間を確保できる。
・空港も近い。

アジアへのハブ拠点として活動しやすい福岡でスタジオを作って、
国際的に活躍できる場所を作りたい。
世界中で活躍しているすごいアーティストが仕事しに来たいという街になるべき。



中国の大スターとかあの人口の上で映画とかを作っているので、
日本のテレビスターの比じゃないビックなスターがいる。
その人たちがどこにレコーディングしに行っているかというと、
未だにロンドンだったり、ニューヨークだったり、LAだったり。
中国でなぜやらないのかというと、お金があって機材を買えても、使える人材がいないため。
使い方がわからない、壊れたときの直し方がわからない。

ポップカルチャーというか、この何十年か歴史を紅白歌合戦と共に積み重ねてきた日本には人材がいる。
どんなにお金を出しても、スタジオを作っても、いろいろなお国柄の事情があって、
電源供給が安定するのか、鼠が線をかじらないのかとかのいろいろな問題がある。
日本は信頼がある方である。
「良い仕事場になる。ここ最高の現場だ。LAまで行かなくていい。アジアにあった。」
を作ることが大事。

ビジネスで言うと、良い客はアジア中にたくさんいる。
音楽業界で向こうで仕事したりしているが、
実は日本の方がギャラが安い。制作費とか。
向こうの仕事を受注できればまあまあハッピーになれるのではと思う。
受注するにしても、福岡の最新スタジオはイケているらしいぜ
ぐらいのものを作らないとアピールもできない。



昔、ドイツのベルリンはよく行っていたが、
ヨーロッパの中でもロンドンは何にしても高すぎて(東京と同じ状況)、
才能があるけどアーティストをもっとやりたいという人が
壁が崩れて以降、ベルリンに割と集まっている。
ベルリンの方が家賃も安い、環境もいいし、設備も整っている。

それが今の世界の流れになっている。

ヨーロッパはベルリンに集まっている。
アメリカではポートランド、LA、西海岸の方に集まっている。
東海岸が高すぎてニューヨークはダメだということで西海岸に集まりだした。

アジア圏はあまり知られていないが、アジアでその流れは実はインドネシア。
インドネシアには結構良いスタジオがある。
ミュージシャンのロックとかクオリティが高い。
アジアではインドネシアのミュージシャンが一番うまいと言われている。

ただ、インドネシアは南アジア。
アジアの広い中で、北アジアでは福岡だろうと思う。



福岡から東京へ、福岡出身の某バンドですとレビューできると楽しみに上京してくるが、
大した練習できる設備も狭いスタジオとか東京での生活が大変すぎて、
本当はもっと開くはずの芽が東京に行っても開かないというのが今の現状。
そこで、若手は福岡を目指せみたいな風潮、環境になればと思う。

福岡はラーメン屋もいっぱいあって、飯もうまい。
東京では都内でレコーディングが終わって御飯行こうよとなると
頭数数えていくらかかるだろうと言う風になる。
そんな悩みもこの街では気楽にいける。
どんな遠くてもたかが知れている。
タクシーで帰れて、終電も気にしなくていい。

福岡でスタジオを作る上で、先輩のアーティストとかも
東京ダメだと思っているからそっち行こうかなと
いつできるのか、と、実際に期待している人もいる。

良い音で録音できたりするスタジオはイコール良い音を出すことができるので、
ライブ施設と一緒にしようとする話もある。
ときどき開放して借りられるようにするとか、何かのホールと併設して機材をうまく使い回すとか、
計画案がA、B、C、Dといろいろとある。

来年から福岡にまあまあいるかと思う。
スタジオの建設ともに拠点を福岡に移そうと思っている。
東京に働きたいスタジオがない。
例えば、お金のあるプロジェクトとかではスタジオなどいいところ使っていいと言われるが、
東京のスタジオは全部、昭和の時代に作られた老朽化したスタジオばかりで、
使いたいスタジオがない。

唯一、スタジオでイケているところで本当にやれるのなら、ロンドンとかLAとかになる。
そうするとお金の問題ではなく、スケジュールとか時差とかの問題になる。
特に時差が大変で、ボーカルの子とか数日は声が出ない。

アジア圏のスタジオというと、
中国のローカル都市にものすごい体育館くらいの大きいスタジオが
すでに建っているが、機材を金にモノを言わせて買っているが使える人間がいない。

世界中の70年代、80年代、90年代で活躍した有名なプロデューサーとかの人の中に
引退しようと思っている人で、日本が良いらしいよねと思っている人が実際にいる。
そういう人に福岡に良い設備があるので来ませんか、半年くらい来ませんか、
と働きかけるべき。

有名なプロデューサーの下には有名なアーティストが付いている。

有名人にお金を出して、例えばローリングストーンズを呼んで
イベントをやって盛り上がって、はいサヨナラと帰られても何も起こらない。

有名なプロデューサーが出てきたら、それを見ている下は育つし、
そのプロデューサーと仕事がしたいからと有名アーティストがその向こうからやってくる。

良い人が来たら、若手も育つ。
自分も福岡に来たら、どこかの大学とかでちゃんと講義をしようと思うし、
自分の右腕のエンジニアには工業系の学校で講義ができたらと思う。



何か一つ長けた一流の人はみんな面白い人。
そこにまた面白い人が寄ってくる。

アメリカのポートランドとかも元々は何もなかったが、
いろいろなアーティストが集まる街になった。

アジアだけでなく世界中で福岡はイケているらしいよと噂になるくらいにならないとダメ。

BOOKマルシェ佐賀 2015 宮台真司 辛酸なめ子 トークショー

2015年10月3日(土) シアター・シエマ(佐賀県佐賀市)
BOOKマルシェ佐賀 2015 宮台真司 辛酸なめ子 トークショー
出演:宮台真司、辛酸なめ子


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■辛酸なめ子のおすすめ
・書籍「胞子文学名作選」(田中美穂著・編集/港の人)

・映画「愛人/ラマン」(監督:ジャン=ジャック・アノー)
 原作:マルグリット・デュラス「愛人 ラマン」

・映画「最後の1本」ペニス博物館のドキュメンタリー映画


■宮台真司のおすすめ
テーマ「原作と映画の関係」
原作を映画に「編む」ときに、何がどう変化するか、あるいは変化させられるか?

・映画「コングレス未来学会議」(監督:アリ・フォルマン)
 原作:SF作家スタニスワフ・レム「泰平ヨンの未来学会議」

・映画「スキャナー・ダークリー」(監督:チャード・リンクレイター)
 原作:フィリップ・K・ディック「暗闇のスキャナー」

・映画「2001年宇宙の旅」(監督:スタンリー・キューブリック)
 原作:アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」

・映画「惑星ソラリス」(監督:アンドレイ・タルコフスキー)
 原作:SF作家スタニスワフ・レム「ソラリス」


フロイト派で有名な精神分析家でジャック・ラカンがいる。
様々な人が映画批評にラカンの図式を利用をしている。

最近、この半年くらい映画批評を再開して、miyadai.comに掲載しているので読むことができる。

映画「最後の1本」は予告編だけだとわからないが、
背後には大きさ自慢、経験人数自慢というのが出てくる。
僕(宮台真司)も他人事ではない。
ジャック・ラカンの有名な言葉に「人間の欲望は他者の欲望である」というのがある。
この他者というのは社会と言い変えてもいいが、得体の知れない人を超えた何か。
映画を見た観客が男性ならば、他人事ではないと思ったはず。
最初は、映画に描かれたギャグ、まさにフェイクドキュメンタリーと思った。
とても実話と思えないバカげた話だが、本当に実話らしい。確かめようがないが。
実話だとしても、自分自身に振り返るとあり得る話だと思わざるを得ない。

大きさ自慢、何人斬り自慢というのは自らの欲望のなのか、自らを超えた何かのなせる業なのか。
フロイト派あるいはラカンの精神分析の発想では僕たちの無意識は社会によって編まれ、
言語的に構造化されている。
それは単に規範、社会の型どおりに動くということではなく、もっとダイナミックな概念。
欲望そのものがその人に帰属していないと言っている。

黒沢清監督が最近カンヌで話題になっているが、97年のときの映画「CURE」で再び受賞している。
催眠誘導を通じて人を次々に理由なき殺人に追い込む萩原聖人が演じる間宮という医大生が出てくる。
彼の言葉が特徴的で「あんたは誰だ」と口癖のように言う記憶喪失の男。
例えば「あんたは誰だ」と聞かれて「渋谷署の宮台だ」と答えると、
「わかってねぇなぁ。渋谷署の宮台、あんたは誰だ」と再び聞く。
映画全体の仕掛けの中で出てくるのは他者の欲望の話。
他者の欲望をパラフレーズすると以下。
あなた自身を動かし、しかし、あなた自身が制御できない、
あなた自身をあなた自身にとって不快な得体のしれない存在にしているもの。

それが他者。つまり、社会ということ。
もっと言えば、言語的に編まれた何か。
それは最早、人に帰属していないという発想になる。

それを考えると、ペニスなるものがなぜ男にとって特権的であるのかと言えば、
男の本能に帰属できる欲望というよりも社会的に編成された欲望の体系だとわかってくる。

ラカンでは性愛な世界、エロス的な世界は想像的なもの(イマジナル)で、
言語以前的なトランスや雰囲気、オーラ、流れ、そうしたものの渦巻き。
それに対して、言語的に編まれている無意識の世界、他者の世界、
これは象徴的なもの(シンボリック)と呼ばれている。
イマジナルに対して、シンボリック。

年の差であること、植民地の宗主国と植民地の商人であることや
僕たちが言葉、概念言語を使って理解、了解するような何か。
これ象徴的なもの。

僕たちの社会ではエロス的なもの、つまり想像的なものは
概念言語的に形成された規範によって、方向づけられ、規制され
場合によってはねじまげられ、そこに外傷的なトラウマチックな体験も生じる。

そのトラウマチックな体験を描いているのが、この映画だと言える。



ジャン・ジャック・アノーはヌーヴェルヴァーグ的なものを継承しようとした人で知られている。
彼の作品の中でもよくできたものと思う。

やはり、映画はオーラや雰囲気とか言語化できないものの渦巻きを描くのが非常に得意なメディア。
言語的に流せるものだけを描くとすれば映画としては可能性を尽くしていない。

アノーの映画は原作の持っている可能性を、
イマジナリーなもの、想像的なもの、エロス的なものを
可能性に満ちていればいるほど、言語的に編成された社会の中で傷ついていくという
トラウマティックな体験を非常によくうまく描いている。



最近のSF映画の中で「コングレス未来学会議」と「スキャナー・ダークリー」の二つの映画を紹介する。
「コングレス未来学会議」は8月で東京でも上映されていたが、短い期間で打ち切られてしまった。
最近のみならず過去数十年のSF映画の中でも最高傑作と断言して間違いない。

アリ・フォルマンという有名なイスラエルの天才監督が作っている。
実写とアニメーションの二つの世界から構成されている。
前の作品が有名な「戦場でワルツを」という作品。
イスラエルが関与したレバノン大虐殺という歴史的な大事件があって、
アリ・フォルマンがイスラエルの兵士として現場にいた。
ところが、その体験がトラウマティックが故に記憶を失っている。
現場で何があったのか思い出すことができない。
アニメーションという形をとりながら、実際に関係者に次々会っていって、
自分が記憶を喪失したその現場に何があったのか確かめようとする。
映画の製作を通じて、段々と思い出していく。
最後に、ほとんど思い出すというところで
アニメドキュメンタリーがそこから先に実写となる。
痛々しい、苦しい作品。
この作品を見た人であれば「コングレス未来学会議」はわやりやすく、見やすい作品。

「惑星ソラリス」「ソラリスの陽のもとに」で有名なポーランドの有名なSF作家の
スタニスワフ・レムが1960年代前半に書かれた原作を基にしている。

要は社会がクソ。
生きるに足らないものになったので、人々はそれをドラッグとアニメが出ていたが、
拡張現実、ITが作り出すビジョンの中を生きるようになる。
それによって、エロス的な、目眩的な、トランス的な、雰囲気的な、
そうしたものの中をフワフワと漂うに生きている。

主人公のロビンという女性は女優の実名(ロビン・ライト)。
端折ると、ある事件があって、難病の息子と生き別れになってしまった。
その生き別れになった息子を拡張現実の中で一生懸命探そうとして、
最後は拡張現実の外側に出て行って、そこで訪ね当てようとする。
実際にはうまくいかないが、そこはあまりにも重要なネタバレになるので見ていただきたいところ。

原作は最早、夢と現実の区別がつかなくなった社会。
映画では例えばすごくみすぼらしい恰好の人たちがさまよっている姿が描かれるが、
これが拡張現実のクスリとITのビジョンを外した現実。
マトリックス的なモチーフだと考えてもいい。

繭の中で夢を見ている、その繭を壊すと見えてくるものは何なのかということが描かている。
原作においてはそれもまたビジョンとして、全部、ニワトリ卵的な、
あるいは永久の螺旋運動のようなものの中にすべてが巻き込まれていて、
何が現実なのかをまったく訪ね当てることができない状況が描かれている。

映画では前半は原作とまったく違っていて、監督オリジナルのストーリーで、
先ほどのロビン・ダイトがスキャンをしてITの世界、ビジョンの世界に入っている。
後半はある程度、原作に忠実で、アニメパートになる。

それでもやはり単なるビジョンではない、現実というのがあるはずだと、
そうしたものを訪ね当てようという意欲をなくせば我々は倫理を失う、と。
自分勝手な夢を見ていたら、誰かを助けるというのはできない。
誰かを本当に助けようと思ったら、たった一人で夢の外に出て
システムの本当の働きを見極めて、場合によってはシステムを壊したりしないといけない
という話。

アリ・フォルマンは「戦場でワルツを」の映画の流れがある。
倫理にコミットしようとする。
しかし、「コングレス未来学会議」のラストはうまくいかない。
結局、現実で息子に出会って再会して息子を助けるという役割を取り戻して
二人で生きていくという体験もまたビジョンの中で探すしかないとして最終的には終わる。
非常に重たい映画。
2,3ヶ月したらDVDになるので、ぜひ見てもらいたい。
おそらく、日本人の映画監督でこれに匹敵するようなものを作れる人はほとんどいないだろう。
非常に重要な倫理、責任という概念に満ち満ちた作品。

ここに挙げていないが、九月上旬に打ち切られてしまった押井守の
「東京無国籍少女」という作品がある。
これにも重要なモチーフが描かれている。

押井守は「うる星やつら2」「ビューティフルドリーマー」という1984年に撮った作品では
文化祭の前夜の夢が永久に続けばいいなあと描いていた。

「アヴァロン」という実写作品でもクソな社会を生きるよりも
バーチャルに構成されたある種のユートピアに永久に生きる方がいいやという
現実より夢を生きようというモチーフ。

前作の「スカイ・クロラ」では夢は所詮クソで、夢も地獄というビジョンを描き、
今度の「東京無国籍少女」ではその夢を破壊しよう、永久に夢にまどろんでいる奴をつぶそう
という呼びかけに変わっている。
押井守が「スカイ・クロラ」の制作の直前から極真空手を始めていて、
彼が身体性を取り戻したというのが根っこにあると思う。
やはりまどろんでいては誰も助けられないというモチーフが背後にあるだろう。

2012年公開の映画「スキャナー・ダークリー」があり、「暗闇のスキャナー」が原作で映画化したもの。
あまり知られていない作品。
キアヌリーブスが主演だが、奇妙な映像。
フィリップ・K・ディックは重度なコカイン中毒者だった。
それが一つの原因で早く亡くなった。
この作品は晩年の作品で、自分自身のドラッグ体験をベースにして書かれているとカミングアウトしている。
自分と同じようにドラッグにハマって、自分はたまたま助かったが、
たくさんの仲間たちが狂ったり死んだりした。
その仲間たちに捧げると映画にも出てくる。

実写のフィルムをベースにして、アニメ的に上書きをしている。
それは映画を見ればわかると思うが、ドラッグ体験を映像化するというのはなかなか難しい。
一回、アニメ的なオーバーレイをかぶせることによって、体中から虫が湧いてきているという
様々なビジョンを加工しやすくすることができる。
非常にハイパーなリアリスティックな、ハイパーリアル感がある作品。

今は禁止薬物に指定されているリタリンというのがある。
昔は禁止ではなく、見沢知廉はリタリンが原因の妄想で転落死し、
今では国際ジャーナリストの人がリタリンで精神病院に結構長く入院していたり、
リタリンでもあまり良くない運命を辿ることになっている。

キアヌリーブス演じる麻薬捜査官が自分自身が麻薬にハマっていく、
どうしてハマっていくのかというストーリー的な説明で明かすことはないが、
気分としてわかるようになっている。
なんとなく、すべてにクソ感がある。

これはある種のそういう体験がある人にはわかりやすいことだが、
精神に高揚感をもたらすクスリをやり始めたころは、普段はこういう感じだとして
クスリを飲んだときに高揚する。
素晴らしい輝き、躍動感に満ちた、クリアカットでダイナミックな世界を生きられる。

クスリを接種するうちにそれが続かなくなる。
どっちがノーマルで、どっちがスペシャルなのかが逆転して
クスリが入っている状態がノーマルになり、クスリが切れた状態があまりにもクソなので耐えられない。

つまり、クスリが与えてくれる体験が素晴らしいからクスリを接種するというのではなく、
クスリの切れたときの世界があまりにもクソなので耐えられないというように
体験の構造が変わっていく。

「スキャナー・ダークリー」はそのビジョンが描かれている。
同時に我々に訴えている。

現実がこのようなものだと思っているとすると、
クスリをやるようになって、反復的にある程度服用した段階で、
この現実を見ると、今よりはるかにクソな現実として体験する。

その意味で現実とは何なのか。
現実をどのように体験できるのか、
という問いは、ある意味どうとでもあり得る主観的なものと言えるし、
例えば、クスリとかあるいは脳内環境を変えるとかによって現実感覚を
如何様にも変わると言うこともできる。

何をするとどういう風に現実感覚が変わるのかというと、
あらかじめ決まっている、非常にチャチなものだとも言える。

「スキャナー・ダークリー」自体の映画な構造は押井守の「スカイ・クロラ」と非常に似ている。
出口だと思ったことが出口ではなくて、すべて内側だった、と。
麻薬を取り締まる役所があって取り締まられた人間が厚生施設に入れられるが、
懲役労働すると、その懲役労働の中身がもっと蝕んでいるというクスリの基になる花を栽培する
という形で終わる。
見て憂鬱になること間違いない作品。

衝撃受けるのはフィリップ・K・ディックはこんな暗い世界を生きながら、
数々の驚くべき作品、例えばブレードランナーの原作などを生み出している。
よくここまで精神活動をできると驚かされる。



この世界というのはクソ。
何かとペニスや何人斬りにこだわったりとか、そういうことに象徴されるような
何それがお前のやりたいことなのみたいな、お前の人生ってそれで完成するのみたいな、
そんなショボいことなのみたいな。
そういうショボい僕たちの意識世界が社会を作り出している概念言語で編まれている。

ここに描かれているすべての作品に共通するのが、この社会にはユートピアはないし、
どこまで行っても概念言語によって編成された社会に閉じ込められた僕たちの意識は
クソのクソ壺が外に出ることはないということ。

今世紀に入って、それが映画表現の基本になった。
映画の世界は小説の世界よりも時代の空気に敏感に反応するところがある。
その意味では外側だと思えたものが全部内側だし、それが全部意識だし、
意識は僕たちの努力によってどうにもならない、社会的、概念言語的に編まれたものに過ぎず
どうしようもないというビジョンが繰り返し繰り返しいろいろな映画で描かれている。

日本は相変わらず恋愛的経験値の低い人たち撮った、
映画学校的恋愛映画とかがあったりして、大体漫画原作が特徴。
お前、目が付いているのかという作品ばかり。

目をつぶって撮っているから、ある種、良い映画だったねぇとデートのネタになる
ような映画が作れるとも言える。
真面目に映画を撮っている人間たちが作り出しているビジョンはますます暗いものになっている。
そのような映画をわざわざ見てください、「スキャナー・ダークリー」を見てください、
「コングレス未来学会議」を見てください、と。

決してデートのネタにしないでほしくて、何の会話をしていいかわからなくなるはず。

映画というのは元々、そういうものだった。
もっとプライベートで、もっと特別で、アートに近いものだった。

リクリエイション、まさに元に戻るという意味だが、
アートはそうではなくて、今まで生きたように生きられなくなるというニュアンスを元々持っている。
映画は今まで生きてきた生き方、感じ方を変えずには前に進めないという状況に追い込む、
元々そういうものだった。

テレビは日常を変えたくない人、リクリエイションしたい人が見ればいい。
映画館というのはそれと違う特別な体験を与える場所ではないのか。
あえて、このような映画を見て、思いっきりドツボに落っこちてもらいたい。



今、地球物理学や宇宙物理学ではパンスペルミアが実は主流化している。
1994年と2012年に、最初はインドに赤い雨が降って、次にスリランカで赤い雨が降った。
赤い雨の正体は35億年前の原核細胞生物。
遺伝子が丸々生き残っている。
一旦、35億年前に宇宙に出た原核細胞生物が地球に戻ってきた。
あるいは原核細胞生物はあまりにも原始的なので、別の惑星系から飛来した可能性もある。

いずれにしても宇宙空間に細胞が生きることができる、
生命圏の外側で生きることができると証明された。
誰も想像していなかったこと。
生命保持、スペルミアという光の圧力、光に準じた速度で飛ぶのでどこまでも行ける。
従来、宇宙にいると考えられていた生命、あるいは生命の存在する惑星は今までの想定より
桁違いに数が多い。何桁も数が多いくらい。
当然、知的生命体の存在も奇跡と考えられていたが、知的生命体もおそらく溢れるくらいいるだろうと
一挙にこの数年で考え方が変わった。

理科で習ったオパーリンの生命スープ説、
コロイド状の海にメタンガスが満ちていて雷鳴がとどろき、光のエネルギーでタンパク質が合成される。
これはあり得ない。
それが起こらないとは言えないが、起こる確率は確率論的に物凄く低い。
それだったら、生命胞子説の方が正しいということで、
オパーリンの生命スープ説はほぼ完全に否定されている状態。

この話は誰も知らない。
僕たちの世界観にあまりにも抵触してしまうので、新聞や雑誌もなかなか書けない。
非常に重要な問題である。
日本の松井孝典さんという地球物理学者がいて、パンスペルミア研究の第一人者。
最もらしい宇宙の創造に関する議論というのはスーパーストリングセオリーという超弦理論で、
十の弦のうちのたまたま四つがこの宇宙でたまたま支配的になったというもの。
たまたま支配的になったのはアインシュタインの言葉で言えば
宇宙定数の値がたまたまある値に定まったからということ。
宇宙定数の値が例えば何千、何万桁、小数以下の何万桁の値が1個変わるだけで
この宇宙はできなかったということも計算上証明されている。

しかし、人間原理というのを聞いたことがあると思うが、
この宇宙は人間のような知的生命体を誕生させるために作られたという議論が今、実は主流になっている。
目的論というのは昔、あり得ないと言われていた。
もし、物事がすべてランダムに決まるとすれば、宇宙定数の組み合わせから
この宇宙ができる可能性は何兆分の一である。
何兆分の一のものが存在すると考えるとすると、例えば壁に突進して壁を抜ける可能性も何兆分の一ある。
そういうものは偶然できたと考えるのはバカバカしい。
目的があってできているだろう。
最先端の物理学者の松井さんもそういう議論を支持している。
松井さんは全然、明るい。
それだけたくさんの知的生命体が地球にいるのに、どうして出会えないなのか。
距離が遠いからか。いや違うと答える。
知的文明がすぐ滅びるからだ、と。
結局、パンスペルミアを観測し、分析することができるぐらい科学技術を発達させた文明は数百年で滅びる。

資本主義がなければ科学は発達しない。
資本主義というのは競争的で、全体性よりも部分を簡単に言えば尊重し、
場合によっては2045年問題に象徴されるように
例えば人間よりも人間的なコンピューターを作ってしまったりして、
そのコンピューターが自分たちよりも人間性において劣る存在を抹消しようと
考えたりする可能性がある。

松井さん曰く、人類は数百年どころか百年も持たないだろう、と。
彼のいろいろな分析からそうなのだが、彼は明るい。

泡だ、と。
知的生命体が泡のように生まれて、泡のように消えていく。
人類もまもなく消えていくだろうが、その代わり、生まれてくる知的文明も山のようにある。
泡のように生まれて、泡のように消えていく。
その流れが定常、コンスタントに存在するというのが人間原理でこの宇宙の作られた目的。
もし万が一くらい知的文明が滅びずに生き残るとすれば、
それをスクリーニングして選び出すのが宇宙の原理の目的なのではということも仰っている。

これはなぜ明るくなれるのかというと、
クソぶりは人類だけなく、知的文明すべてが同じようなクソに直面してダメになっていくから。
よく言う、ウチらだけじゃないよ、貧乏の家はみたいな。
みんな貧乏だ、と同じで救われる感じで、
知的文明はみんなクソで滅びていくんだ、ウチらだけじゃない、と。
ウチらは孤独じゃない。
火星も滅びたと言われている。



■質問1
日本映画について質問したい。
ここに挙げられた映画が日本で生まれてこないというのが気になる。
昔ならば結構あったと思う。
映画を観る前と観た後で価値観が変わるような映画は昔は結構あったが、
2000年後半くらいからそういう映画はなかなか出てこなくなったのではと思う。
その原因として、海外の監督と日本の監督の決定的な違いは何なのか。

■回答
今、唯一残っている映画批評雑誌で「映画芸術」がある。
一回つぶれたが、寺脇研さんのお金で脚本家で有名な荒井晴彦さんが編集長になって復活した。
そこで同じ質問の討議が為された。
僕の答えは「低学歴したから」で、物凄く反発を買った。

昔の日本の映画の監督は東大、京大、早稲田、慶応など学歴と言えば物凄く高かった。
こういった人たちは元々、映画監督になるつもりはなかった。
周りにキャリア官僚がいれば、政治活動家もいれば、政治家もいれば、科学者もいれば、
いろいろな人間たちが自分のネットワークにいるような
そういう人間たちが映画を作って、脚本も書いていた。

今、日本の映画を撮っている人間たちの多くは映像の映画専門学校の出身で、
残念ながら彼らの持っているネットワークは非常に小さい。
人一人が社会全体を観察するのはできなくても、
ネットワークで社会全体を観察することができればよいのだが、
それさえもできない状況にある。

そこには制作システムの問題があって、日本の場合はテレビドラマと同じやり方。
つまり、日本だけ制作委員会方式。
リスクをヘッジするために、五社、十社と資本を出し合って
シナリオもない状態でキャストを押さえる。
AKBの誰と誰と、あるいはジャニーズ系の誰と誰を押さえて、
誰を押さえられたかが決まると、これで話を作ろうと企画会議を行う。
学校を舞台にした恋愛ものにしようとかで脚本家に投げて作らせる。
テレビと同じ作り方で、日本以外でそういう作り方しているところはない。

アメリカでも韓国でも、基本シナリオが作られると
プロデューサーを呼んでGOサインを出したりしない。
自分のところで持っておいて、別の脚本家に渡す。
面白いアイデアで、全然これではダメだから書き換えてくれないかと言って、
書き換えてもらって書き換えてもらって書き換えてもらって
何回か書き換えた状態で行けるとなればGOとなる。
そのとき、クレジットされるのは最後のリライトした人だけという場合もある。
その場合は金で解決。
そうでない場合は共同脚本として名前が数人クレジットされる形になる場合もある。

何人もの知恵がそこに入ることによって、
知識社会化された状態で映画制作が為される。
人間的なネットワークも知識社会化されている。
日本もかつてはされていた。

シナリオについても日本の場合は知識社会化されていない。
かつてはされていたか。されていた。
かつてのシナリオライターは非常に高学歴。
高学歴の意味は今とは違う。
政治運動の経験がある、いろんな経験がある、いろいろなネットワークがある、
そんな人間たち。

僕も学歴が高いかもしれないが、フィールドワーカーとして頑張ろうと思って、
ヤクザにケツ持ちしてもらいながら風俗産業とか見るわけだが、
そういうのは上の世代を参考にしてやった。
上の世代がやっていたのだからオレにできないはずがない、と。

社会学、ルポルタージュの世界でも、僕らのやっていたようなことを継ぐ人が出てくるかというと
映画の世界と同じで出てこなかった。

安全圏でポジショントークするのと同じで、
安全圏でポジションワークするような人たちが大勢いる。
これが原因。



■質問2
クソ社会と仰っていたが、
宮台真司氏を知ったのは二十年前でそのときはこの社会はウソ社会だとそういう言説をしていた。
とても新鮮な新しい人が出てきたと思って聞いていた。
今もそういう点はどう思っているのか。

■回答
ウソ社会からクソ社会へというのは僕のスローガン。
結局、ウソ社会に留まっていなかった、と。
ウソだろうが真実だろうが何でもいいが、クソみたいな感じ。
そのことに関してWebサイトにいくつか載せている。

メルツバーグというノイズミュージックプロジェクトとコラボレーションCDを出す。
そこになぜ日本だけでなくこの社会全体がどんどんクソになるしかないのか、
人々の感情はどんどん劣化するしかないのか、その必然性を書いている。
その世の中で生きる方法は世の中全体を変えようとしても流れとして難しい。
それは相手がシステムだから。

そこで進化論の最近の学説などに目を向けて、
日本全体、人類全体をどうしようという考えを一回置いて、
自分の周りにいる自分の大切な人間たちを生き残らせるためにはどうすればよいだろう。
自分にとって大切な人間たちに幸せになってもらうにはどうしたらいいだろう。
というようにマクロなデザインを放棄して、ミクロなデザインにまず集中するのが重要だと思う。
ソーシャルデザインが社会を設計するという観点からも。

もちろんマクロでも設計できるが、設計通りにマクロはもう動かない。
グローバル化が進んでいるから。
ミクロ構想、風の谷のナウシカ方式をやるしかない。

ウソ社会と言うときにはまだマクロ構想に実りがあり得て、
社会全体をなんとか良い方向に向かわせることができるのではと思ったときの言葉。
クソ社会は何をやってもマクロではダメ。
先進国全体、日本全体で言えば、まったく良くなる気配がない。
むしろ逆で悪くなるだろう。
それはほぼ確実だとして、それでも前に進むことができるための力を
どこからどう獲得すればいいのかという、そういう問題設定自体がクソ社会を生んでいる。



■質問3
クソ社会なのに宮台真司氏は子供を産んで育てているが、
クソ社会だったら子供がかわいそうではないのか。
どうして、そのような実践しようとしたのか。

■回答
自分の周りにいる大事な人間を不幸に陥れさせない、そして幸せにする。
それに向けて、エネルギーの大半を集中する。
そういう決意をしているからだと思う。
マクロではないミクロな努力であればいくらでも実りがあるだろうと思う。



辛酸さんの漫画、フィールドワークは映画「最後の1本」的な方向性。
クソというのはいろいろな見方があって、クソの一つの表れに滑稽がある。
あるいはトラッシュ系という言い方もある。
面白おかしいゴミ。面白おかしいゴミ拾いをする。

世の中、とんでもない現象がいっぱい溢れている。
怒りを持って接してもいいが、怒っているだけでは疲れる。
お笑い、つまり映画「最後の1本」的なものだとして、
ウヨブタを見るとか、安倍晋三的なものを見るとすると、
所詮人間はこんなものかもしれないとちょっと許せる気持ちにもなる。
逆に僕たちはつぶれずに先に進める。

常岡浩介講演会「なぜ人質は殺害されたのか イスラム国と日本の対応」

2015年5月30日(土) ふくふくプラザ 601研修室
常岡浩介講演会「なぜ人質は殺害されたのか イスラム国と日本の対応」レポート


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私(常岡浩介氏)は本当は中東の専門家ではない。
ここしばらくは中東の取材をしているが、アラビア語もわからない。
これまで旧ソ連、中央アジアを主に取材しており、ロシア語、ペルシャ語ならわかる。

元々、シリアの取材はアラビア語ができないのでやらないつもりでいた。
シリアの内戦は2011年から続いているが、旧ロシアのチェチェンの取材をしているときに
知り合いになったチェチェンで戦っていた独立グループの幹部から10年ぶりに2012年に連絡があって、
実は息子がシリアで戦っているのでよければ紹介するとの連絡があった。
アラビア語はわからないが、ロシア語でシリアを取材できるのならと紹介してもらった。
シリアの中で戦っているチェチェン人を訪ねて行ったのがシリア内戦の取材の始まりだった。

イスラム国ことISの支配領域にこれまで3回入って取材することができた。
イスラム国の支配領域を取材することは非常に難しい。
去年の6月にイスラム国の建国宣言があった。
建国宣言後に入って取材して生きて帰ったジャーナリストは私(常岡浩介氏)と
ドイツの国会議員兼作家兼ジャーナリストの二人しかいない。
横田徹さんもイスラム国の支配地域に入ったのだが、イスラム国の建国宣言前だった。
今回、イスラム国に入った後藤健二氏、湯川遥菜氏は殺されてしまった。

日本政府の独自検証結果が10日前くらいに発表された。
内容は検証と言うには及ばないものだった。
政府が政府の人間を使って検証したもので、聞き取りなどした対象者はすべて公務員。
民間は外部から五人の有識者を招いて意見を聞くというものにしているが、
事件そのものの検証には参加していない。
通常、何かの事件があって検証するということは当事者全員に話を聞くこと。
しかし、今回の検証では当事者の一人にも話を聞いていない。
後藤健二氏に関しては奥さんで、イスラム国から脅迫メール、身代金要求メールが来ていた。
当事者の一人と言っていいが、日本政府は奥さんに話を聞いていない。

湯川遥菜氏に関してはお父さんがいるのだが、イスラム国からの要求はまったくなかった。
普段、インターネットやメールを使っていなかったため。
その代わりに常岡浩介氏、中田考氏に連絡があった。

湯川遥菜氏が捕まったのは8月16日。
イスラム国から常岡浩介氏、中田考氏に連絡があったのは8月26日。
要求内容は身代金要求ではなく日本人をスパイ容疑で裁判にかけるからそれに立ち会えという内容だった。
湯川遥菜氏とコミュニケーションができていない、尋問もできない状況で裁判が成立しない、
裁判をするためには通訳者が必要である、と。

裁判をやるのはちゃんとこの人質を扱っているということの証明のためとして、
裁判の立会人も必要であるとした。
通訳者一人と立会人一人が必要で、通訳者として中田考氏が呼ばれ、
立会人としてジャーナリストを呼びたいからと私(常岡浩介氏)が呼ばれた。

連絡をしてきた人物はイスラム国のオマル司令官。
以前、チェチェン人の取材でシリアに入ったときに知り合った人物。
チェチェン人のいる地域の手前にイスラム国の支配地域があり、
チェチェン人の言うルートでシリアに入るとなんとイスラム国の支配地域だった。
そのとき、チェチェン人からオマル司令官に連絡があり、便宜を図ってくれた過程で知り合った。
日本人でイスラム国の司令官クラスに取材できる人間は常岡浩介氏以外いない。

イスラム国が二人にオレンジ色の服を着させてYouTubeに脅迫映像を発表したのが1月20日。
それまで後藤健二氏が捕まっていたことは報道されていなかった。
少なくとも11月には後藤健二氏が帰っておらず、捕まった可能性が非常に高いというのはわかっていた。

湯川遥菜氏は8月に一度報道されたが、
9月14日にフジテレビのミスターサンデーの番組で断片的に情報が出た他は情報が出なかった。
そのため、大半の一般の人は湯川遥菜氏が捕まったこと自体を忘れてしまったかのようだった。

1月20日の脅迫映像の公開で一気にパニックになった。
その翌日、常岡浩介氏と中田考氏が外国人記者協会で記者会見を行い、
その場で我々はイスラム国と連絡が取れるので政府と協力する用意があるし、
必要ならイスラム国に行くことを公表した。
しかし、日本政府側はリアクションをしなかった。

9月にイスラム国に行ったのだが、イスラム国の司令官の上官に私(常岡浩介氏)と中田考氏が会って
裁判に立ち会うという話だったが実現しなかった。
イスラム国の首都ラッカに対して大規模空爆が行われたためで、
イスラム国の連絡網が寸断されて上官と連絡が取れなくなったため。
イスラム国側は一週間待てと要求してきて、中田考氏は待てないとして帰ることになる。
私(常岡浩介氏)は10月7日にまた来ることができ、そのときは一カ月ほど滞在できるので
それだけ時間があれば裁判に立ち会えるでしょうとイスラム国に伝えていた。

実は8月から10月に行くための切符はすでに買っていた。
通訳者の中田考氏は来れないが、イスラム国側で外国人義勇兵の中から
アラビア語から英語への通訳者を用意し、英語から日本語の翻訳を私(常岡浩介氏)がやって
二重通訳で裁判を成立させようと持ち掛けると、イスラム国からは了解が来た。

10月にもう一度イスラム国に行って、裁判に立ち会って湯川遥菜氏を連れて帰るというのが計画だった。
イスラム国が他の人質に関して裁判をするから来いとか今までなかったし、裁判をやった形跡もなかった。
殺害されたアメリカ人、イギリス人の人質は裁判を行って有罪になって殺されたという形跡がない。

日本人の湯川遥菜氏を裁判にかけるということ自体がイスラム国側のパフォーマンスだった。

当時すでにイラク側で有志連合の空爆が始まっていた。
アメリカやイギリスは直接空爆に参加していた。
直接参加していないのがフランスやドイツやイタリア。

直接参加していたアメリカやイギリスの人質は殺された。
直接参加していないフランスやイタリアの人質は身代金を払って釈放されていた。
日本は直接参加していないので殺されない可能性は高かった。

オマル司令官からイスラム国が湯川遥菜氏に関して以下の2つの決定をしたと伝えてきた。
・湯川遥菜氏を残虐に扱わないこと。
・身代金を要求しないこと。

残虐に扱わないということは殺害しないということ。
身代金を要求しないということは他の人質と処遇が違うということ。
我々に対してだけ裁判をやるということだった。
まさに過去に例のないことだった。
おそらくイスラム国は温情的な判決を用意しているだろうと予測していた。

イスラム国は法律、憲法なるものを持っていない。
コーランとハディースを基にしたイスラム法を法律の代わりに使っている。
コーランの掟ではスパイの容疑で有罪になった場合は100%死刑になる。
(湯川遥菜氏がスパイの容疑になったということは殺される可能性があった)
立会人なので湯川遥菜氏に関する証言することができる。
イスラム国では弁護士というものが存在しないが、証人として発言はできる。
湯川遥菜氏の日記をネットで公開しており、それをずっと読んでいくと、
シリアでイスラム教徒になったと書いていた。
イスラム法の掟ではイスラム教になった人間はなる前の罪はすべて許されるという大原則がある。
湯川遥菜氏はイスラム教徒になったあとでイスラム国に入って捕まった。
イスラム教徒になってからスパイをしたと言われる可能性があったが、
少なくともそれより昔の罪はすべて許されるので、相当な情状酌量が期待されていた。

また、自分の生殖器を切ったと日記に書いており、自殺するつもりだったとのこと。
自分で性転換をしたようなことになる。
イスラム国では性的少数派、同性愛者の権利など感覚がまったくなく、
このような行動を起こすという人は異常行動、正常な判断ができない人とみなされる。

精神が正常でない人がやった行為はすべて無罪という大原則がある。
湯川遥菜氏はこういう行為をしている以上、
正常ではないので罪に問えない主張ができるはずと考えていた。

この二つで行けば、スパイ罪の死刑にはならなかっただろう。
完全無罪にならなくても、ムチ打ち刑で国外退去になったとしても、
痛い思いをして怪我をするだろうが生きて帰れるだけで、
イスラム国の人質の処遇としては大勝利と言っていい。

日本人だけ裁判を見せる、さらにジャーナリストに取材させるということは
イスラム国は明らかにプロパガンダに利用しようとしていた。
湯川遥菜氏のために、私(常岡浩介氏)と中田考氏がそのプロパガンダに利用されることは明白だった。
しかし、湯川遥菜氏が生きて帰ることを最優先とした。

私(常岡浩介氏)は日本のフリーのジャーナリストなので、帰国してプロパガンダに乗らずに
報道することができるので、それを発表する際にちゃんとやればいいと考えた。

イスラム国はやたら残虐な行為をしている、イラクのこんなところを支配している、
シリアの半分を支配しているとかでかなり強いイメージが伝わっているが、実は直接の戦闘では強くない。
ものすごく強いのは宣伝する能力。

残虐行為をわざと宣伝して敵を恐怖で支配する。
味方も恐怖で支配する。敵の戦う意思を持てなくする。

自分たちが世界中でどんな風にコントロールしたいかに合わせて、いろいろな宣伝をするのが特徴。
そういう組織ということを前提にすると、アメリカ人、イギリス人を殺害したのも宣伝だった。
日本人を裁判にかけて、それを見せるのも宣伝。

最終的には二人とも殺害されたが、去年の8月に私(常岡浩介氏)と中田考氏に連絡が来たタイミングでは
イスラム国は違う宣伝プランを持っていた。
残虐に扱って恐怖におののかせるのではなく、直接攻撃をしていない日本人に過剰に温情的に扱いを
見せることで、有志連合の内部の分断を図るというプロパガンダを狙っていたのでは。
つまり、処刑されたくなければ有志連合に参加していても積極的に協力するなというメッセージになる。

最終的に二人は解放されず、殺されてしまった。
なぜ裁判が行われなかったのか、解放もされなかったのかというと、
去年の10月6日にニュースに出たのだが、北海道大生による私戦予備陰謀事件が起こったため。
北海道の26歳の大学生がイスラム国へ義勇兵になって戦いに行こうとしていたということで
家宅捜索を受けて事情聴取も受けた。
それが北海道大生のところだけでなく、常岡浩介氏と中田考氏のところにも家宅捜索が行われた。

常岡浩介氏の場合、ビデオカメラ、パソコン、スマートフォンなど全部で61点押収された。
これからイスラム国に持っていこうとした取材の機材がすべて押収されてしまった。
これで10月にもう一度イスラム国に行って、湯川遥菜氏を連れて帰るという計画が潰されてしまった。

常岡浩介氏は26歳の北海道大生に取材で単独インタビューしていた。
北海道大生はイスラム国に行って戦いますと言っているが、イスラム国の勉強をしていない。
イスラム国に行くためにイスラム教徒にはなっているが、イスラム教の勉強をまったくしていない。

イスラム国についての考えを聞くと、新しい体制ができてそれで人々が幸せになれるのなら結果として
いいと思うぐらいのものだった。
果たしてニュースを見たことがあるのだろうかというトンチンカンな受け答えばかりだった。
初めからイスラム国、シリア問題、内戦に関心がないとインタビューでわかった。

結局、周りの友達のプライドの張り合いのような中でイスラム国に行くと言い切ってしまい、
後に引けなくなっているだけ。
インタビューではイスラム国に行きたいという気持ちはまったく持っていなかった。

私戦予備・陰謀の罪で家宅捜索が行われたが、あれは北海道大生自身が警察に電話して通報していた。
10月に家宅捜索が入ったが、北海道大生は8月に最初行こうとしており、
家宅捜索の容疑内容は実は8月に行こうとしていたことを罪にしていた。

8月に行こうとしたときは友達がパスポートを盗んだとしてドタキャンした。
ドタキャンして自分で警察に通報して、これは窃盗事件だから捜査してくださいなどと言った。
通報されたら警察は動く。事情聴取をする。
その時点で北海道大生のイスラム国への渡航計画が警察の知るところになる。
警察は8月の時点でイスラム国へ行こうとしている認識は持っていた。

10月のイスラム国へ出発する前日まで何もしなかった。
10月4日にもう北海道大生があきらめたと思っていたら、いきなり家まで来た。
常岡さんが10月6日に出発するなら俺も行くと言い出した。
邪魔されたら困るので、彼とは別の航空便にし、イスラム国に行くのにトルコを経由するが、
トルコで使う予定だった電話番号、トルコのイスタンブールで泊まる予定だったホテルの連絡先だけ教えて、
あとは好きにしろと突き放した。

北海道大生は海外に一度も行ったことがなく、それでイスラム国に行って戦うと言っていた。
英語も話せない。
10月に行くときもまず来ないだろうと思っていた。
気になっていたのが、雑談の中で公安警察が自分のところに来てイスラム国に行くのかと
何時間も話していくと言っていたこと。
つまり、全部ばらしていた。
とんでもない人を中田考氏が連れてきたと思った。

その時点で日本国内で警察が何か危害を加えるとは思っていなかった。
予測では、トルコを経由してシリアに入るのでトルコの警察に通報して入国時に捕まる、
もしくはトルコからシリアへの国境で捕まるというのを想定していた。

家宅捜索に来た警察官に、あなた方がやっているのは刑事捜査ではない、
ただの取材妨害で憲法違反行為だと言った。
警察官は裁判所の家宅捜索令状が出ている、適法だと主張した。
湯川遥菜氏が捕まっている、彼の裁判に立ち会いに行こうとしている、
あなた方が妨害したら湯川遥菜氏がいつ戻ってくるかわからないですよ、
あなた方はその責任取れるのかと言っても、同じく裁判所の家宅捜索令状が出ている、適法だと言うだけ。
警察官から湯川遥菜氏の話は一切出なかった。

当時は湯川遥菜氏を助けることを妨害しているかと思っていたが、そうではなかった。
公安警察は湯川遥菜氏が捕まっていることをわかっていなかった。
公安外事三課に150人いるが、北海道大生の家族、友達、知り合い、中田考氏の知り合いへの
事情聴取を行うだけで、湯川遥菜氏の足取りをたどるために
トルコへ捜査員を派遣することをしていなかった。
後藤健二氏、湯川遥菜氏が殺された後の4月になってトルコへ捜査員を派遣した。
8ヶ月やることが遅かった。

公安警察は内偵捜査で情報を取り、未然に危機を知ること。
オウム真理教の事件では大失態したが、
逆に宗教テロの危険があるとして予算を拡大、人員確保まで行った。
今回、二人の人質が殺されてしまったが、安倍政権は日本にも強力な諜報機関が必要であるとか言って、
公安警察組織、外務省の体制強化を進めようとしている。
失敗すればするほど、それを口実に強化を図る。
事前にしっかりと捜査するというものをやらなくなり、何十年も前から日本で繰り返されているパターン。

国際テロ担当の公安外事三課は2002年に発足したが、過去に一度たりとも事件を解決したことがない組織。
2010年に日本中のイスラム教徒を後をつけて集めた情報をインターネットに流してしまった事件があった。
公安外事三課の大量情報流出事件で大失態。
その情報の中にはCIAから依頼されて集めた情報も入っていた。

警察が動いているからこれは怪しいだろうと一般の人たちは思うだろうが、
公安警察に関しては当てはまらない。
湯川遥菜氏が捕まったときに本来人質事件なので、警察が動くべきなのがまったく動かなかった。
動いたのは外務省と官邸。
官邸は一応動いて、当時ヨルダンに対策本部を立てて、大使館員が調査を行った。
今、シリアでイスラム国と対立しているシリア国民連合に連絡を取って、湯川遥菜氏の救出を呼びかけた。
シリア国民連合は実行部隊である自由シリア軍に連絡を取り、
自由シリア軍は同盟関係のイスラム戦線に連絡を取った。
イスラム戦線は湯川遥菜氏を我々の捕虜交換リストのNo1に載せて捕虜交換で助けると返答があった。

ただ、イスラム戦線はイスラム国とずっと殺し合いを続けてきた。
イスラム戦線がNo.1で助けるとしたが、湯川遥菜氏を助けるのは物理的に不可能だった。

後藤健二氏、湯川遥菜氏の脅迫映像が公開されたときに、
日本政府がヨルダンに協力を求めたときも同じことが起きた。
ヨルダンはイスラム国にジェット戦闘機で爆弾を落としている。
イスラム国はジェット戦闘機のパイロットとの捕虜交換を行ってやると逆に揺さぶりをかけてきた。
日本がヨルダンに依頼にしたことで話が複雑になって何も解決しなかった。

完全に敵対して戦争までしている人が仲介などできないという常識があるが、日本側にそれがなかった。

外務省の役割は外交で、単なる犯罪組織に対して直接やり取りすることは普通はない。
警察が動くべきだったのが、まったく動かなかった。
危機管理のシステムがまったく働いていないというのが今回の事件で露呈した。

後藤健二氏の奥さんに対するアドバイスをしなかったと外務省、官邸が非難されているが、
外務省がこだわったのが「テロリストと交渉しない」ということ。

「テロリストと交渉しない」というのは世界中の多くの国の前提だが、
それでも、誰かが交渉して解放を求めて何らかの活動をする。
CIAとか、その国の諜報機関、警察組織がやる。
しかし、日本の公安外事三課は北海道大生を呼びつけて毎日のように事情聴取を繰り返していた。
北海道大生はまったくやる気がないのは公安もわかっていたはず。

北海道大生の私戦予備・陰謀の罪に着手したのは去年の10月で半年経った。
未だに誰も逮捕、起訴していないどころか、検察への送検もしていない状況。
大司教という北海道大生の友達がいるが、その人の弁護士からゴールデンウイーク明けに
送検することになったと連絡があった。
5月17日になっても、北海道大生への事情聴取が続けられていて、
一度送検する方針が決まった後にまたすったもんだになっている。

警察に対して私戦予備・陰謀の罪自体が存在しないと言い続けているが、
同じことを検察が言っているという。
もし警察がこの人が犯人だと検察に持って行くと、
検察はその人を起訴するか不起訴にするか決めないといけない。
私戦予備・陰謀の罪で起訴できるわけがない、と。
起訴できなければ不起訴になるが、
不起訴になると北海道大生はイスラム国に戦いに行ってよかったという話になり、
イスラム国に戦いに行くのが私戦予備・陰謀の罪に当たらない、合法となってしまう。
これは大変まずい前提を作ってしまうから、検察側はそれを気にして、
警察側の送検すること自体に抵抗しているという。
それで、警察側では送検自体をしないで済まそうというムードになっていたが、
安倍総理の官邸側が事件処理をしろと言い出しており、現在、送検する見通しはまだあるという。

去年の11月に公安外事三課から常岡浩介氏のところに電話が来て、
容疑者になったので出頭しろと言い出してきた。
任意の出頭はしない、任意であなた方の違法捜査に協力はしないと伝えた。

私戦予備・陰謀というのは国ではなく個人でどこかの国に対して戦争をしかけるというもの。
それを北海道大生、常岡浩介氏がやったと言っている。

普通逮捕するのかしないのかの基準は証拠隠滅するのかしないか、逃亡する恐れがあるかないかの2点。
常岡浩介氏は証拠隠滅しまくっている。
ジャーナリストなので取材源の秘匿、保護の義務がある。
イスラム国の取材をしていたので、イスラム国の連絡先を全部持っていかれた。
その気になれば居所もわかり、アメリカに頼んでトマホークミサイルを打ち込んだり、
ドローンで殺されるかもしれない。
警察官が常岡浩介氏の家宅捜索を終えて家を出た直後に、イスラム国側に連絡して今まで使ってきた
電話番号、Facebookのアカウントを消去してくれとお願いをした。
もう連絡ができなくなるが、そのままにいると身が危険だと。
日本の警察からアメリカに情報提供があれば確実に危険なる、と。
このように証拠隠滅をやっているが、証拠隠滅自体が犯罪なのに常岡浩介氏の逮捕に来ない。

実は今年の3月、5月の始めになって、2回すでに海外に出ている。
海外に出たら、警察の権限は及ばないので拘束することができなくなり、
つまり逃亡に当たるが、それでも常岡浩介氏の逮捕に来ない。

イスラム国関係の連絡先をすべて警察側に持っていかれたということは
警察側にITの技術さえあれば盗聴、メールの覗き見ができるようになるということである。
日本国内からイスラム国への取材ができなくなってしまい、
東南アジアまで出て、現地の電話番号を入手してネットの環境を構築して、
そこからイスラム国に改めて連絡を試みている。

再びイスラム国になんとか連絡を取れないか試みている理由は
去年の10月に常岡浩介氏が出発する直前までイスラム国は湯川遥菜氏を殺さない、
残酷に扱わない、身代金を取らないとしていたからである。
これが今年1月に身代金を要求して殺すということを言ってきた。
3ヶ月のブランクでイスラム国の待遇は完全に変わった。

あちこちのメディアで、今年の1月17日にエジプトのカイロで安倍総理がイスラム国と戦う国々に
2億ドルを支援するという発言がイスラム国側にきっかけを与えたのではという批判が出た。
半分正しいが、半分間違っている。
身代金を要求しているのが表面化したのが1月20日の脅迫映像だが、
実際は去年の12月から後藤健二氏の奥さんに身代金要求が始まっていた。

イスラム国の人質事件は過去に十何例もの手口があって、
誘拐された人がその後どうなるか警察側はわかっていたはず。
身代金を要求されて、応じなければ殺される。
後藤健二氏に身代金要求があった時点で、放置すれば首を切られる、
オレンジの服を着させられ晒されるというのは全部予測できなければならなかった。

その意味で、安倍総理が2億ドル支援すると言ったから身代金要求が行われたわけではない。
それより前から身代金要求は行われていた。

中東歴訪でイスラム国と戦う国に2億ドル支援するという発言、アピールは
安倍総理が自分が文言まで考えたとのこと。
その際に、官邸の中で何度も会議を行っていたとのことだが、
人質がいるということは話題にすらのぼらなかったとのこと。

例の脅迫映像が公開されたのは1月20日なのだが、脅迫映像が公開された際に官邸で会議があった。
会議の内容は安倍総理が人質がいるということを知らなかったということにしようかという内容だった。
知らなかったというのはさすがにまずいので却下されたとのことで、
最終的に決まったのは人質がいるというのは知っていたけれどイスラム国だとは知らなかったという内容。
こういう風に発言すれば何とか対面を保てるというギリギリの線を取ってつけた。
実際はイスラム国が捕まえているというのは誰でも知っていた。
湯川遥菜氏が捕まった時点でイスラム国の名前は出ていた。

実は9月にイスラム国に行く直前に中田考氏は外務省に事情を説明している。
湯川遥菜氏の件でイスラム国に行くので、協力してほしいと呼び掛けた。
つまり、事情は全部、外務省に入っていた。
知らなかったというのは絶対にあり得ない。

常岡浩介氏は中田考氏に外務省に言うなと反対していた。
最初、中田考氏はイスラム国から連絡があった際に極秘としていた。
イスラム国に入るには一度トルコに行って、トルコからシリアの国境を超えるが、結局は密入国の形になる。
トルコの国境警備隊に捕まったら台無しとなる。

中田考氏は健康状態が悪くて徒歩で長く歩けないので車でスムーズに入りたいという希望があって、
日本の外務省を通してトルコに協力を求めることができれば
シリアに入るのが楽になるだろうと思ったとのこと。

しかし、外務省に情報提供したのが藪蛇になった。
9月5日、常岡浩介氏と中田考氏がイスタンブールの空港に入った直後、
日本大使館員が7人やってきて退避勧告地域なので行くなと言ってきた。
中田考氏は走って逃げて、空港のモスクに隠れた。
その時点で、日本大使館員がまったく協力せず、情報だけ取られたというのが明白になった。

シリアとトルコの国境地帯にガジアンテップという街があるが、
そこの高級ホテルに日本大使館員の少なくとも4人が待ち構えていた。
そこには日テレや共同通信のメディアがいくつかいたが、そのメディアの人が教えてくれたのは
日本大使館員は常岡浩介氏と中田考氏が湯川遥菜氏をひょっとしたら連れて帰るかもしれないので
もしも連れてきたらすぐに湯川遥菜氏の身柄を引き取るために待ち構えている、と。
結局、外務省側は全部事情はわかっていた。
自分たちで情報は取れない上に中田考氏に協力するとは言えない。

中田考氏は外務省の協力に期待していたが、
私(常岡浩介氏)は外務省は協力しないだろう、反対に何もしてくれなければいいと思っていた。
日本の外務省、官邸に人質事件で人質を助ける能力は最初からない。
2004年にイラクで日本人3人が捕まる事件があったが、
最近になって外務省、官邸、誰々が協力して解放にこぎつけたというデマを流している議員がいるが、
外務省は犯人グループへの連絡すらできなかった。
日本人3人を解放できたのは日本のイスラム教徒たちが渋谷のイスラミックセンタージャパンというところに
連絡して、そこは実はイラク人の組織で、そこの人たちがエジプトの仲間の組織を経由して
イラクのイスラム法学者協会に連絡できたため。
イスラム法学者協会が犯人グループに解放を呼びかけたら、それに応じて日本人3人が解放された。
日本政府は最後までまったく関与していなかった。
全部民間で動いて、解決になった。

常岡浩介氏と中田考氏が他の邪魔をされなければ、おそらく湯川遥菜氏は助かっていただろう。
いくつかのメディアや知識人が常岡浩介氏と中田考氏が行っていれば人質が増えるだけだと批判しているが、
中田考氏はイスラム国に6回入っている。毎回、知事やイスラム国の幹部に会っている。
常岡浩介氏イスラム国に3回入っている。
もし捕まるのであれば、9月に行った時点で捕まっているはず。
イスラム国とコネを作れているので、捕まらない。

後藤健二氏は捕まった。
一番最後まで連絡を後藤健二氏と取っていたロイターの記者と話してみると、
後藤健二氏は直前の時点まで日本人だったら殺されないよと言っていたとのこと。
常岡浩介氏と中田考氏の活動に関する情報を得て、イスラム国が湯川遥菜氏を殺さないという
情報を知っていたというのも理由の一つだった。
後藤健二氏はジャーナリストとしてすごいところがあって
シリアのアルカイダの組織であるヌスラ戦線に飛び込んでいって、ヌスラ戦線に捕まったにもかかわらず、
自己弁護してスパイではないと説得して、信頼を勝ち取り、ヌスラ戦線から逆に正式な取材許可を得て
取材して帰ってきたという経歴がある。

シリアの反体制派のグループは取材に関して「日本人を敵視していない」と強く思っていたのでは。
イスラム国はまったく別で、中身は反体制派ではなくサダムフセインの残党グループであり、
何でもやるグループなのだが、その部分がわかっていなかったのかもしれない。

常岡浩介氏がイスラム国を信頼しているのかと言えば、まったく信頼していない。
中田考氏はつい最近までイスラム国を信頼していた。

世間で報道されている内容でまったく出てこない一つが、湯川遥菜氏が捕まった経緯。
報道ステーションで検証番組が組まれたが、後藤健二氏の奥さんに接触できて重要な情報を挙げていたが、
湯川遥菜氏の情報が欠けている。
朝日新聞の検証記事も湯川遥菜氏の情報が欠けていた。

政府の検証は問題外。
事件の経緯が完全に抜けていて、当事者の聞き取りをまったく行っていない。
自分たちが批判されないところだけ集めて、集めたら何もなかったというもの。

少なくとも、イスラム国に直接攻撃を加えていない国民でロシア人以外の殺された人質は過去いない中で、
日本のハンドリングを誤った。
(ロシア人は殺されている。ロシアは直接攻撃を加えていないが、国連決議の妨害を続けていて、
内戦解決を妨害していると全シリア人から恨まれている。)
ちゃんと検証していれば、本来は安倍政権は存続していいわけがなくなる。
わざわざ日本人を殺害される方向に落とし込んだ。

常岡浩介氏はイスラム国側に質問状をすでに送っている。
私たちに殺さない、身代金を取らないと言っていたが、どうしていつなぜどのタイミングで変わったのか、
後藤健二氏に関して日本政府がまったく交渉しなかったかのか、交渉を少しはしたのか、
したのであればどんな内容だったのか、2人が殺されずにすんだ可能性はあったのか、
可能性があったとすれば、どんな場合だったのか、12項目に分けて質問状を送っている。
5月の初めに送って、まだ回答は来ていない。
オマル司令官に送って、それを上官を送る形になっている。
いずれ回答が来ればいいが、黙殺されるかもしれない。
もし回答があって、わかっていない事実があれば大々的に報道する予定。

今まで政府が発表したこと、メディアが検証として出したことはまったく不十分。
まだまだ真相は明らかになっていない。

元々、法務行政(警察、検察、入国管理局)での改革が一番難しいと言われる。
検察がちゃんと機能していないのは小沢事件などでもわかる通り。
警察については捜査の可視化が一部認められただけ。
組織的な裏金をどうするのかというのは全然解決に至っていない。

長崎放送のときは警察担当の記者だったが、中を知ってみると、
長崎県警は完全にヤクザと一体化して、
ヤクザと一緒に拳銃の押収の実績を作るというのが繰り返されていた。
また、捜査の過程で裏金を億単位で作り続けている。

世界中にマフィア組織があるが、マフィア組織の活動が見られる場所とほとんど見られない場所とがある。
イタリアのシチリア半島、アメリカの一部、ロシアはマフィアがものすごく強い。
北欧やイギリスにはほとんどそれがない。
何が違うかというと、その国の政府の腐敗している度合いで完全に比例している。

日本については政府はそれほど腐敗していないとされている。
腐敗していないにもかかわらず、なぜヤクザがどこにでもいるのか。
大阪に行けば、誰でもヤクザの友達がいる状態。
これはひとえに警察が腐敗しているから。
警察の腐敗がほとんど知られていないのはメディアが警察の提灯持ちになっているからである。
まさに記者クラブ体制の弊害の結果である。

今回の人質事件みたいなときに、政権の不作為、ミスをちゃんと誰も告発できない構造になっている。
警察が前面に立っているときに、警察の批判がメディアからほとんど出ていない。
官邸の批判も、警察には批判を及ぶことができないので、批判も上滑り、的外れになっている状況。
ちゃんとした批判もできないので、安倍政権への打撃にもなっていない。

現地に行くと、イスラム国が大変だと誰も思っていない。
イスラム国の30倍もの、シリアのアサド政権による虐殺が続いている。
現地に行くと、イスラム国だけが脅威という問題ではない。
イスラム国はたくさんある悪いものの中の一つに過ぎない。

メディアに持って行っても、イスラム国以外は報道してもらえない。
イスラム国の話題なら出してもらえる。
去年の9月のイスラム国に関するニュースを出す前に、シリアに何度も入っているが、
すべての取材が赤字だった。
もっと言うと、日本人が捕まった、日本人が殺されたというのがなければ、
海外の戦争のニュースはほとんど出せない。
去年、ウクライナに2回行ったが、ほとんどメディアに出せずに大赤字だった。
日本人がからまないと、特にテレビがやる気がない。

ウクライナのネタを持って行ったときに、ウクライナでは視聴率の数字が取れませんと言われる。
視聴者が関心を持ってくれないからやるわけにはいかないと言われる。
テレビじゃないところで盛り上げて、逆に後からテレビの方が付いてくるという風にしないと
しょうがないと思っている。

イスラム国だけではなく全体としてシリアの民衆が何に苦しんでいるのか、
そういったことに関心を持ってほしい。
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