2020年05月12日(火)
JAM The World 月イチ宮台
青木理、宮台真司

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非常に重要な話が出たので、以下、レポートを引用する。現在置かれている状況をここまで読み取らなければならない。コロナ禍の中、マスメディアの劣化は特に注目しないといけない。


■青木
「音楽が聴けなくなる日」という本を集英社新書から出されるということだが、これはいつ発売か。


■宮台
5月15日の発売のはず。Amazonの予約などでもう購入できる。15日あたりには届くと思う。


■青木
永田夏来さん、かがりはるきさんの共著とのことでまだ手元には本はないが、その本の帯のところを拝見すると、電気グルーヴのピエール瀧さんが麻薬取締法違反で逮捕されていろんな自粛現象というか、在庫回収とか集荷停止、配信停止ということが起きた、と。こういうその自粛の状況というものを「音楽が聴けなくなる日」というタイトルの中でいろいろ論考されているということだが、もうちょっと宮台さんの思いとかお考えとかお話しとか伺いたい。


■宮台
今、コロナ禍で社会が混乱している。正確に言えば、それぞれの社会の性能や統治機構の性能や統治者の性能、あるいは人々(people)の性能が試されている。共通一次試験、センター試験みたいなもので、ほぼ同じ条件の下でいろんな社会が試されていて、日本が際立ってダメさを露呈しているという状況。この本を読んでいただけると、日本のどういうところが徹底的にダメなのかということがよく分かるようになっている。コロナを想定して書いてはいないが、実はどこをとっても日本社会や日本人や日本の政治家のダメさは金太郎飴のように同じ。


■青木
そういう意味で言うと、まさに月イチで今日もいろんなことを伺いたいことがあるが、その前に僕自身も興味あり、リスナーの方からも宮台先生に質問が来ているメールがある。

「広く報じられているが、ツイッターで「検察庁法改正案に抗議します」というツイートが500万件超えて拡散されるということが話題になっている。これは一過性のものと考えるか。それとも政治を変えるきっかけとなりうる持続的な影響力があると思うか。」

という質問が来ている。この質問に対する回答とそもそも今回の検察庁法改正案の動きについて、宮台さんはどんな風にお捉えになっているかあたりからお話を伺いたい。


■宮台
これはもちろん自分が違法な振る舞いをして、そのことを自覚している安倍が基本、検察庁長官を変えないと、自分のお手々が後ろに回って牢屋にブチ込まれるということを恐れて、黒川弘務に変えようとしている。

黒川弘務は、元々、過去7年以上に渡っていろいろな事件をもみ消してきた、もみ消しの帝王として知られる人だから、その意味で言うと、簡単に言うと政権のケツを舐めてもみ消してきた人なんだけど、そういう図式。歌読みみたいな形式でも言ったが、お手々が後ろに回るのがそんなに怖いか安倍晋三という問題。悪いことをしたって自覚があるんだったら、正々堂々と牢屋に入れ、こらということでお終い。


■青木
このツイッターというところのムーブメント、500万件を超えたってことを政権与党なんかは、こんなものは膨らますことができるんだみたいなことを言って軽んじようとしているようだが。


■宮台
ところが、所謂、計量社会科学者、数理社会科学者が分析をして、そういうことはないということをほぼ実証している。それはツイッターから公表されているツイート数やその間の関連性から実は数理的に分析ができていて、これはBotによるものでもない、特定の人間たちがいろんなアカウントを使ってばら撒いたものでもないということが、そのこと自体が実証されているので、与党をはじめとするあるいは安倍ケツ舐め勢力による言いがかりがあり得ないというのは科学的に実証されている。


■青木
この500万だとすれば、500万という数字はやっぱりかなり注目すべきものなのか、注目すべきものだとするならば、これだけ広がった理由というか背景というのはどんな風に分析するか。


■宮台
ある種のヘタレぶり、卑怯さ。
一人だけ法を曲げて生き残ろう、牢屋に入らないでおこうというのはまさに政治家にあるまじき振る舞い。政治家の倫理は一般人よりも高潔であるべきだというのがマックス・ヴェーバーが言ったこと。いざとなれば国民を守るために法を破って、その結果血祭りにあげられるということがあり得るということが政治家。

しかし、自分がなんとしてでも法の内側にいることを証明し、違法なことをしていることが明らかであるのに、なんとか逃れようとするというのは一般人、政治家ではない市民に比べても明らかにダメ。人格的にも、簡単に言うと倫理的にも道徳的にも国民を思う心がないという意味でもダメ中のダメ。そのことが明らかになったということで、多くの人が憤激しているわけ。

もちろん似たようなことは過去もあった。それは敗戦のあとの反省において生じたこと。海軍軍令部も陸軍参謀本部も本当に酷かった、と。レイテ戦とかインパール作戦とか、9割以上は病気と餓死で戦死はしていない。のうのうと中央で指揮をしていた連中は徹底的に言い逃れをしようとして、アメリカがたまたま東京裁判を主導してくれたせいで一部は裁かれたという経緯だけど、日本にはその力がなかった。その後に日本人が、例えば一部の人の言うところの憲法感情において、そういうヤツは許せないしそういうヤツが二度と来ないようにちゃんと国を作り変えようという気持ちになったことがあった。

しかし、数十年すると忘れる。1960年代に入るまでには忘れている。それは小熊英二さんという方が「民主と愛国」という本で書いておられる通り。いろんなデータからもそれは分かる。その意味で一過性。続かない。

ここまで安倍がダメな人間だと明らかになったということで、政局になる可能性がある。このような法律を通す政治家が総裁であるような党というだけでも、ブランドにめちゃめちゃ傷が付く。もう傷が付きまくっている。

もちろん安倍だけじゃなく、ケツを舐めて何かというと閣議決定で安倍の言う通り、安倍の周りにいる君側の奸の言う通りに物事を決めたという意味で一人のせいではないではないけれど、ここのところでなんとかしなければ自民党がどうなるかこうなるかだけではなくて、基本的に我々の社会のプラットフォームがぐじゃぐじゃになる。

たとえば遵法動機。首相が平気で悪いことをして法を曲げて逃れようとしているのだったら、オレたち法を守らなくていいんじゃないかという人間たちが出てくるのは自然なこと。あるいは、悪い人たちを捕まえようというような動機を持っていた検察官たちの動機や意欲も多いに挫かれる。なぜかというと、黒川弘務が長官になれば、正義を貫徹しようという検事たちの努力が最終段階で握りつぶされる可能性があるから。その意味で、いろいろなところでホントに病気が体中を蝕むように日本中に広がっている。日本全体をダメにするだろうという予感が多くの人にあるということ。だから政局にもなる。

同じ理由で実はツイッター上でこれだけ盛り上がっている。これは、プラットフォーム上でのゲームのやり方が間違っているのではなく、ゲームがあまりにもクズなのでプラットフォーム自体が崩れてしまうというゲームの妥当性の問題じゃなくて、簡単に言うとこのまま守れるのかどうかという問題なんだと風に多くの人が気がついたということ。同じ理由で政局にもなる。


■青木
気がついたというのは、先の大戦ともちろんと比べようがないけれど、ある意味でコロナという我々の目の前に非常に生命を脅かしかねないようなものが現れたときに、政治が無能というか政治が機能してないと、こんなに被害を受けるんだってことが実感としてわかったということが、ある意味で今回のかなり広範な層、これまで政治的発言を控えていた著名人の人たちが声をあげたってことにもつながったと、こういう風に見るべきか。


■宮台
そう見るべきだ。ただし、安倍のせいだと考えるのもまずいし、官邸官僚のせいだと考えるのもまずい。菅義偉官房長官のある種のやり方だけれども、劣等感で人を操るということをやってきた。干したあとで政権に参画させると、クソをついたケツでも舐めるという政治家がいっぱいいた。同じように、入省順位も下で劣等感に苛まされているような人たちを官邸に呼んで取り立てると、やっぱりクソをついたケツでも舐める。つまり、劣等感による操縦ということが為されていた。

その意味で言うと、そのゲームに関わっている人間はめちゃめちゃたくさんいる。自分よりも無能で道徳的にも劣るヤツが自分よりも頭越しにいい場所につくと、それだけでそれまで倫理的だった人間がどんどん崩れていくことが今、連鎖的に起こっている。そういう意味で言うと、日本人の弱さがものすごくたくさん目に見えるようになってきたということ。

安倍が二期目をやることにも賛成だったし、安倍が長く続いてほしいとずっと言い続けてきたのは日本のダメさをあぶりだす、云わば中興の祖として機能するだろうということから。要するに日本のダメさを加速度的にあぶり出す。中国の習近平も中国では加速師と言われている。加速をする人間。

その意味で言うと、安倍晋三も日本のダメさを加速させることによって、日本の日本人組織のいろいろなところに貼り付いているダメさをあぶり出してくれたと言う意味で非常に重要。あぶり出されたのは安倍のダメさというよりもやっぱり日本人、日本の文化の持つ弱点、日本の組織が持つあるいか組織文化が持つ徹底的なダメさをあぶり出したと考えるべき。


■青木
それに関連して、リスナーの方からメールが来ている。
「宮台さんは加速主義を標榜されていて、わたくしもこの国は行くところまで行かねば、最早外に出ることができないと感じてはいる。しかし一方で、段々と長期的な専制政治体制に近づいていくという強い恐怖も禁じ得ない。宮台さんはどの程度まで国が壊れることを許容されているか。」


■宮台
それはとても難しい質問。国が一回地位を落とした後、つまり、日本は急速に経済的、政治的、いろんな地位を落としつつあるがその後、これじゃダメだとしてリバウンドしたとしよう。リバウンドの方向性がどっちに行くのかことを今から予想することはできない。しかし、安倍のあとのリバウンドであれば、少なくとも安倍方向ではないということだけは言える。

したがって、そこでいろんなバトル、戦いを繰り広げることができるということが非常に重要。そこで僕たちは試されるということだと思う。それでダメなら、またその次のチャンスを狙うしかないわけだが、今回、安倍によって加速された日本のダメさがあぶり出しということを奇貨として利用するしかない。

実は新型のコロナのdisaster(コロナ禍)によって加速されたという面が大きい。安倍からしてみれば神風の反対。日本国民にとってはまさにコロナ対策を巡って、アベノマスクとかも含めて、どこまで行ってもクラスター対策にへばりついた厚生労働省クラスター対策班、あるいはそれを支援する政府という図式を含めて、やっぱりコロナのおかげで神風が吹いた。安倍のダメさを加速してくれたということ。


■青木
クラスター対策班という話が出たが、多くの人が感じているんじゃないかと思うが、政治、官僚とかいうものの歪みというのもそうなのだが、いわゆる科学者、しかも、原発事故のときもそうだったが、政権の周辺にいる科学者に対する不信感というか、今回、宮台さんご自身でまとめられた宮台真司ツイート備忘録の中でもクラスター対策班のダメさっていうのを指摘されてる。ある種エリートの科学者であるはずでその道の専門家であるはずなのに、なぜダメなのか、どこがダメなのか、何がダメなのか。もう少し宮台さんの解説というか、お話を伺いたい。


■宮台
2つある。国民のケツを舐めている点。日本人は諸外国にあるまじき変な振る舞い方をする。それは安心厨、100%ゼロリスクマニア。

これは二つの要素があって、一つは江戸時代以来のある種の伝統的文化作法はあるけれどお上に任せときゃ大丈夫なんだ、と。お上を批判するお前は不安を煽るのか、というお上べったり依存による思考停止から生まれる噴き上がり。

あと、周りをキョロ目で生きている人間たち。「音楽が聴けなくなる日」にも書いてあるキョロ目企業ソニーを批判したのと同じロジックだが、こういう絶えず周りをキョロキョロ見渡して同調する人間というのは同調しない人間を見つけ出すと自分が否定されたと感じて、自由な人間に対して嫌な気持ちがしたり、嫉妬したりする。これは不倫炎上でも出てくる典型的な日本人だけの心理。

その二つの要素。絶えずキョロ目で周りを見ていて同調しようとする、あるいは、絶えず上は大丈夫なんだと信頼しようとする自分で思考する力のない安心厨のケツを舐めて「安心です。安心です。クラスター対策をやっているから安心です。」そんなわけがない。

クラスター対策が安全なのはクラスターで捕捉できないところで感染者が出てこないこと。でも、ある段階から出まくった。出まくったのにも関わらず、残念ながらAプランの次のBプラン、プランBが出てこなかった。考えていなかったとしか思えない。うがった見方する人もいて、元々、PCR検査をするだけのキャパシティがもうこの国にはない、と。それより、一挙に広めるだけの政治的な力も日本にも安倍にもない、と。できることはクラスター対策しかないのでそれを言っていたという説もあるが、それも非科学的な発想。

マスコミの劣化も大事。毎日、感染者数が何名でしたとか言ってる。これはパーフェクトに完全にナンセンスで、まったく意味がない。検査してないから。

グラフを見ればわかるんだけど、検査数と感染者数は実は相関している。だから検査が多い日は感染者がいっぱい出てくるわけ。検査が少なくなると、感染者が少なくなる。バカげてると思わないか。そうではなくて、もう捕捉できない人がいっぱい広がっているから、その感染者数の数をいくら言ってもダメで、どれだけどういう方法で検査した結果、この結果これだけ、分母はこれだけ、分母の意味はこういう検査の結果の分母、その結果、これだけ感染者が生まれたということを言わないとダメ。

他方で、全数PCRすればいんだというPCR全数検査厨がいうのもいる。これも思考停止。日本にそれをする力はない。元々、2009年の新型インフルエンザ禍のときに、要は感染症専門の政府の独立機関を作らなかった。CDCを作らなかったという問題がある。だから、できない。

できないとしても、できることがある。それは疫学調査であって、ゾーンを設定してランダムサンプリングがいいが、PCR検査が十分な数できないのであれば、ゾーンを設定して、東京の都市部では、大阪の都市部では、あるいはそれぞれの郊外では、地方都市ではその郊外ではとゾーンを設定して無作為で調べて、感染率と抗体を持っている割合をはじき出す必要がある。

ただ、多くの人も言っているが、抗体を持っているからといって免疫があるとは限らない。中立的な抗体、悪さをする抗体もあるので簡単には言えないが、ただ、感染した人がどれだけいたかということの過去の履歴の証明になるという部分があるので、抗体をすでに持っている人をカウントするのは大事。それで初めて、全人口に対するゾーンごと、地域ごとの感染率が出てくる。

何度も言うが、マスコミが毎日天気予報のように今日の感染者数はってバカ丸出し。いい加減にやめてほしい。全く意味がない。分母がわからない、分母の意味がまったく規定されていないときに、なんで感染者数を言うのか。天気予報みたいに一喜一憂するその国民も知的でもない。


■青木
そういう意味で言うと、期せずしてそれしか報じるものがないってこともあるんだろうけれど、発表されると大本営発表のときように右から左に垂れ流し、その数字で一喜一憂して勝った勝った、負けた負けたみたいな状況になっている。


■宮台
それがマスメディアの劣化。
その感染者数をただ報じていて、その意味を言わない、解説をしないというところ。それを言わないことで、あたかも感染者数が減ったら、いい方向に向かっているかのような錯覚を起こさせているこのメディアの罪は非常に重い。罪は重い以前に、あまりにも劣化している。この劣化が安倍の劣化、政権の劣化と同じ。


■青木
クラスター対策班の続きをもう少し聞きたいが、当初は新型コロナ対策とかMARSとかの対策をちゃんとしなかったので、日本にはひょっとしたらPCR検査の準備ができていなかったから、限界があるから、クラスター対策というものに注力せざるを得なかったところが多少あったとしても、プランBを作っておくべきじゃなかったか、という話をされた。


■宮台
当然。


■青木
このプランBというものを現実的には検査体制を増やすことは政治の役割である。科学者としてクラスター対策班が出してダメだったのか、そもそも出さなかったのか、どっちにしてもダメなんだが、科学者として、やっぱりこうすべきとを言わなかったとすると、やっぱり科学者の劣化なのか。


■宮台
科学者はそもそも日本ではかなり劣化している。審議会、なんとか対策班、なんとか委員会とかに呼ばれることだけでも名誉だと考える学者たちはたくさんいる。日本では例えば審議会の委員を2回やると勲章をもらえるという慣例があったりもする。そういう背景もあるかもしれない。全体として、政権のケツを舐めがちで、実際にそういう人間ばかりを厚生労働省が、あるいは官僚側が人選をしてくる事実もある。

これは福一原発事件の爆発の後の様々な審議会や委員会の人選を見ていてもわかる。さらに、そういう風にして人選された委員会の中では、座長、副座長の言っていることに異を唱えることはどうも日本では勇気がいることらしい。なので、終わってから、終わってからというのは後の祭になってから、37.5度は勘違いであるとか、元々、日本にはキャパシティがなかったのでクラスター対策しかとれなかった。選択肢があってクラスター対策というのをいろいろなutility(効用)を考えて選んだのではなくて、それしかできることがなかったという言い訳がクラスター対策班の先生方の中から出てきている。だったらそれを最初からdiscloseするべきだろう。つまり、はっきり言うべきだろう。

日本には選択肢がないので、だからこれしかできないから、それをやると言うべきだろう。ところが、日本人の大半が安心厨だってことを前提にして、それを言わないで黙っていて、いざとなったら「いや、あのときは本当は分かっていたんだ」と言い出すのは卑怯。

そうではなく、もしプランBを期待するのであれば、今それしかできないと別のことができるようにする必要がある。別のことでいろいろある。PCR検査を増やすこともある。増やせないのであれば、疫学的な調査のための体制を整えることでもあるかもしれない。

さらに言えば、できないことがある、これだけたくさんあるので、クラスター対策をやっていることであればその間に全力で中国のように病床をめちゃめちゃ増やすことを権力的にでもやるべきだった。そうしたこともやらなかった。

さらに、これは非常に重大な問題だけど、休業要請しかできなかった、だから効果がなかった、そうではない。実際、リサーチしてみればいい。8割手当してくれたら、いつでも休んでやるよという自営業者ばかり。なので、とにかく休業すれば8割の補償をするといったやり方をすれば休業要請でも十分に効く。それをやらなかった。

補償ではなくて、もちろん無償の貸付でもいい。災害のときの無償の貸付はそのように為されてきたし、その場合は財務状況によっては踏み倒しもOKなわけ。そういう貸付を行う、と。

とにかく、すぐにキャッシュが手元に渡るようにするという風にすれば、要請でも十分に人々は従う。ところが、それをすり替えて、日本には憲法上の制約があるから、緊急事態措置が生ぬるいものにならざるを得ないとか言う輩が続々と虫のように湧いてくる。


■青木
これは科学者の世界だけにとどまらないだろうが、官僚もそうだしジャーナリズム、メディア業界もそうなのだが、要するに現状をきちんと認識して、認識したものとしてきちんと責任をもってそれをdiscloseして、今はこうしかできないけども、将来的にはこうすべきだけれども、現在はリスクを背負いながらもこうしますよということが、きちんと言える官僚であり科学者でありジャーナリストでありというのが、学者もそうだが少ないということ。そこに尽きる感じがする。


■宮台
そこに尽きる。
相対的には、大阪府の吉村知事がロックダウンの出口戦略として何日間、感染者がこれ以下であればロックダウンを段階的に解除すると言った。それはいいが、さっき言ったように感染者数に意味がない。何を検査しているのかわからないから、全く意味がない。

そうではなくて、別の意味のある指標を出さなければいけない。それは感染死者かもしれない。ただ、この場合も、感染死者がパーフェクトにカウント、つまり、おざなりに除け者にされている数えられていないものがないということをもっともらしく説明しないといけない。とにかく納得できるデータをベースにした出口戦略じゃないとダメ。

でも、もちろん全数検査なんかできないから、そんなものは全く望まないけれど、疫学的な統計リサーチがないので、どのゾーンにどれだけ感染が進んでいるのかがわからない。わからない状況で出口戦略もなにもないだろう。実際にはきちんとしたリサーチをしていない。だから、出口戦略の立てようがなく、無理に立てれば必ず第二波、第三波のぶり返し、それが来るだろうということ。


■青木
これについて、宮台先生は社会学者だがどう考えるべきか。つまり、韓国などもそうだったが、少し自粛を緩めれば感染がわっと広がる、と。これを抑え込めば、当然多少は抑え込められる、と。実態はよくわからないが、これの繰り返しだと、多分、社会も経済ももたないのではないか。


■宮台
従来のありかたではもたない。


■青木
その方式ではなく、世界中でその方式を取れず試してはいるが、将来的には別の方式を探していかないととても持たないんじゃないかと思う。


■宮台
その通り。
でも、そこから実は先が大問題だと言える。最悪の場合、コロナウイルスはまともに抗体、免疫ができない可能性がある。できても半年、長くて一年という可能性がある。インフルエンザの免疫、ワクチンを開発したとしてもインフルエンザは半年しか免疫はもたない。そういうものになる可能性がある。しかも、コロナはインフルエンザと同じような速度、少し遅い速度で変異していると考えられるので、ワクチンを打っても今年は外れたということも起こるだろう。

他にもいろんな理由があって、コロナを封じ込めることがもしかするとできない可能性がとても高い
というふうに免疫学の専門家たちが言っている。世界中で。そうすると、世界のどこかで必ずどこかの都市がロックダウンしているような状況が、このあとずっと、それこそ何十年、場合によってはそれ以上百年くらい続いたりする可能性もある。それと両立する社会はどういう社会なんだろうかと考えなければいけない。さらにロックダウンというやり方も最早できない。経済活動が止まってしまうので。

そうすると、モニタリングが必要になる。いわゆる垂直、中国でやっているようなバーティカルみたいな垂直の生体監視を行うのか。それともヨーロッパが推奨しているようなGAFA、FANGAが推奨しているような要するにデータをシェアして市民がシェアしたデータをベースにして、お互いが懸命に振る舞うことを信頼するような極端なケースはスウェーデンのやり方だったわけだが、その両方のやり方、垂直か水平かという戦い、対立になりつつある。

そうすると、ユヴァル・ノア・ハラリやマルクス・ガブリエルが言っているように、どうも勝ち目は垂直の生体監視にある。なぜと言うと、我々の社会は程度の差はあれ民主主義の前提を壊しつつある。市民がお互いを信用していない。

日本なんか典型だが、隙きあらばフリーライダー、タダ乗り野郎になろうとか、隙きあらば自分だけ得をする方向に抜け駆けしようとする人間たちがたくさんいるような状況では、実は民主制は成り立たないけど、同じ理由で、水平のデータシェアリングによる賢明な振る舞いを期待し合うことで社会を保たれることも多分なくなる。そうすると、コロナのおかげで多くの国がどんどん中国化していく可能性がある。そのことにどう抗えていけるのかということを賢明な人間が提案、提示している。

これは日本人が問える問題じゃない。日本人はそのはるか手前。小学生に入る前の保育園に入る前のよちよち歩きの状態。12才どころか、足腰立たないような状態で問題に対処している。

その状態では世界スケールの非常に重大な問題に取り組むような段階じゃない。ただし、今後、日本がどんどん落ちていくだろうということを考えると、今後、僕たちは世界がどうなっていくのかってことを考えなければダメ。

アメリカについていけば安心だということはどうも終わった。ヘゲモニーがアメリカから中国に確実に移っていく。そのときに日本はアメリカについていかないとして、自立する力は元々ないので、誰と連携していくのか、どこで連携していくのかということも考えなければいけない。

そのとき、中国は大丈夫なのか、中国の中の習近平体制は一枚岩ではなくて、ものすごい軋轢を生みながら今の状態を続けているわけだけど、日本人はそういうことを全然知らない。そうした状態で、アメリカだ、中国だとか言っているのは、10年、20年早い感じがする。

それよりも、安心厨がたくさんいてウヨ豚がたくさんいて、基本的に「政府の言うことに逆らうのかー」みたいに自分で何のデータも取っていない、考えてもいない思考停止の連中たちがワーワー騒いで、ツイッター上で「いや、あれは盛ってるんだー」「あれはBotなんだー」とか、思い付きをギャーギャー言っているという恥ずかしい状況。これが日本。That's Japan.


■青木
当面はこの安心厨とウヨ豚と宮台さんがおっしゃる連中をとりあえずこれは症状なんだろうからしょうがないが退治しなくちゃいけないだろうな、と。本当は他にも新住民と自粛警察とか実は宮台さんに伺いたかったことがたくさんあるが、これはまた次回にいろいろお話を伺わせてほしい。