2016年01月

映画「ヤクザと憲法」舞台挨拶、トークイベント

2016年1月30日(土) KBCシネマ(福岡県福岡市)
映画「ヤクザと憲法」舞台挨拶、トークイベント
出演:阿武野勝彦プロデューサー、圡方宏史監督


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<阿武野>
「ヤクザと憲法」の反響は大きい。

東京では100人のホールに130人くらい毎回入っており、
なおかつ、御帰りいただくこともあったり申し訳ない気持ちでいっぱいでもある。

8本目のドキュメンタリー映画であるが、中では一回の上映で一人という回もあって、
映画館に電話して、ゼロだったらどうするのか思わず聞いたこともあるくらい。
15分ルールがあり、上映開始されて1リールが回ってしまう15分前までは遅刻していいというルールがある。

人が入らない映画を随分やって、それでも東京、名古屋、大阪でもそれでもやろうよと言う映画館があって、
いつか満席にしてお返ししなければと思っていた。

この映画「ヤクザと憲法」も一人とか15分ルールが適用されるかと思っていたが、
東京では1/2(土)から上映し満席の状態で、なぜこんな見に来てくれているのかをつかみかけている。
東京、名古屋だけでもうすぐ一万人くらい入る。

毎日、毎日、何人入っているか報告をもらっている。
雪が降った日でも結構入っている。
何で見に来たか、どこから情報で見に来たかわからないくらい戸惑っている。


<圡方>
東海テレビの場合はドキュメンタリーの題材としてヤクザをやってはダメだという規制がない。
興味があって、それが世の中に伝えるべきものであればやれる。
どこの局もヤクザに興味があると思うが、多分ダメと言われたが、言われるだろうとしてやめる。
東海テレビではそれが通った。

この作品を作る前に警察担当の記者をしていた。
愛知県警の暴力団対策の四課担当だった。
ヤクザのことをよくわからなくて恐ろしくて、恐怖のピラミッドの頂点にいるかなと思っていたが、
捜査員に聞くと、今はそうではない、と。
今のヤクザは底辺にいて悲惨だぞという話を聞いて、かなり意外で興味を持った。

イメージとして、ヤクザは警察と同じくらい均衡して対立しているものだった。
現実をメディアの人間も知らないし、一般の世の中の人も知らない。
自分も見たいし、それを伝えたい。
それが映画「ヤクザと憲法」を作ろうとしたきっかけ。

取材先として、地元の山口組のトップの弘道会を取材したかったが、
ヤクザ側に取材を受けるメリットがないせいか断られた。
映画に登場している大阪のヤクザを取材することができた。


<阿武野>
本当はこの題材はやりたくなかった。
圡方がヤクザの題材でドキュメンタリーとして追いかけたいと話を持ってきた。
実はあと3年で定年なので、円満に定年を迎えたいなあと思っていた。

例えばナレーションを誰かにお願いするときの契約書の中に、
暴力団および暴力団に関連することがあったときは契約を一方的に解除するという文言が入っている。
それだけ放送局が暴対法、暴排条例の中にいる。

暴力団と関わることのタブー感、やめた方がいいというよりも
元々関わらないものとして、警察情報だけそのまま流しておけばいいという感じでいた。

圡方が暴力団の企画を持ってきたときはディレクターではなく記者のときであり、
今まで誰かが企画を持ってきたときは悪くてもいいねえその企画と言うことにしていたが、
いきなり定年まで三年しかないからさあと言うのはカッコ悪いので調べてみたらと言った。

圡方も毎日のように調べて回っていたが、私は私でこの企画をやめさせようということで
そんな取材をしたら殺されるよ、嫌がらせを受けるよ、土台ムリだよと言ってくれる
人のところに連れていくべく、四課の愛知警察OBや弁護士のところに連れて行った。
しかし、それが逆に見てみたい、ぜひやるべきだと言われてしまった。

愛知警察OBと場所を居酒屋に移したときの話で、
どぶの中に手を突っ込むでしょ、泥が自分の手の中にたまる
それを泥団子にしようとするとき、指の中から出てくるのは徹底的に取り締まる
だけど手のひらにおさまっているのは適当に生かしておくもの、
それが社会の懐の大きさではないのか、と酔っぱらったときに言われた。

これが愛知県警四課の元幹部の考え方なんだなとわかった。
圡方がやろうとしていることを逆にやめろ、殺されるよ、嫌がらせにあうよと
言ってくれる人に連れていったら、逆に取材の意図を聞かされた思いになった。

弁護士のところに連れて行ったときも、いいですねえ、私も興味があるという話になった。

手のひらに残っているものは一定程度、社会は収容するべきという考え方を聞いていくうちに、
圡方が調べてきた人権が蹂躙されているのではないのか、ヤクザそれでも人間ではないのか
という思いに至った。

取材ではヤクザがどういうバッシングされているのか一端を見た。
バッシングする社会は何か。
最近だと、ベッキーのバッシングがひどい。
何かの材料を見つけると、私たちの社会はここまで怖いというのが一端が出た。
そのような形で取材を進めた。

取材先として北九州の工藤会、岐阜の組などいろいろと名前が上がった。
福岡は密着していく上であまりにも遠すぎ、しかも、そのときは福岡県警の工藤会殲滅作戦を展開していた。
そこにカメラを持ち込んでいくということはどれだけ社員の命の危険にかかわるのかというのもあって
工藤会に入るという話はなくなった。

いろいろなところにぶち当たりながら、東組の川口会長にアクセスすることができた。
川口会長が死刑弁護人を観ていたということもあって、しかも死刑弁護人を作ったスタッフが我々であった。
死刑弁護人のスタッフならばということで取材が始まり、一本のドキュメンタリーが裏書になった。

取材を行う際に条件を提示した際、それについてまったく異論はなく、
自由にしてもらったらええわということで取材が進行していった。


<圡方>
組長がいいと言えば絶対OKだが、現場は誰も喜んでいなかった。


<阿武野>
取材の条件では暴力団だから特別なお話はなく、
後で言った言わないがあると困るので、箇条書きにして条件を持って行った。
基本的にすべてドキュメンタリーを取材するときのやり方そのものを提示したに過ぎないが、
それについては自由にしてくれたらええわとなった。

そのとき、組事務所に行ったが多くの人がいた。
日常の組事務所の様子がわかっていないからこれが普通の光景だろうと思った。
川口会長と話をしていたら、小父貴(おじき)と呼ばれる人たちが入ってきた。
そうしたら「お前ら、憲法を守れや!」「人権をどう思っとんねん!」と言ってきた。
そのときは誰が誰に言っているのかと思った。
帰りにもまた 小父貴の一人がまた「人権、守れや!」と言ってきた。

いつもこういう感じだろうと思っていたら、会長の誕生日だった。
要するに、みんな酒を呑んでいたが、その宴席の場でも交渉事をしていたということだった。
それくらい僕らは彼らを知らないということから始まった。


<圡方>
ヤクザの人たちは、まずお金がない。
もっと外食に行って、夜な夜な街で宴をしているイメージだったが、全然お金がない。
休みの日は家にいる。外に行くとお金を使うから、と言われたときは意外だった。

ヤクザの人たちは、しゃべっている分にはいい人で、そこは苦労した。
絶対、いい人に描いていてはいけない。
普段なら取材対象の懐に飛び込んで、その人たちのことを好きになるというのが
ドキュメンタリーの鉄則だと教わってきた。
しかし、今回ばかりは好きになってはいけない、好きになってはだめだと思った。

暴排条例に関しては、暴排条例的な一線があって、そこから踏み越えて、
一緒にご飯を食べに行く、おごってもらう、車に乗せてもらうことですら、
もしかしたら逮捕されるかもわからない。

どこから線引きなのか法律で決まっていない。
条令なので警察の判断だから、どこからかアウトなのかがわからない。
ネットとかで調べても、とりあえずやめておきましょうみたいなことばかり書いている。

とにかく距離感を保ちながら取材するのが非常に苦労した。


<阿武野>
どのドキュメンタリーもそうだが、決め決めでこういう物語にするとして取材を展開したことがない。
ヤクザの中には入るが、そこでどういうものが撮れたかで作っていく。
こういうシーンが欲しい、こういう風な形になるだろうから、あらかじめ仕込みのようなことはしない。
取れ高払いで、作品を構築していく。

最初は圡方が人権問題かもしれないと言っていた。

仮タイトルは人権に関するみたいなものだった。
「ヤクザと人権」にすると、ヤクザの人権問題を作っているという形態になってしまう。
ヤクザの存在そのものを是認しているわけでも肯定しているわけでもないけれど、
人間として彼らが扱われているのかどうなのか問われるべきことなので、仮タイトルは変えた。

最後まで、東海テレビの報道局内で、これはやめた方がいいという意見があった。
ここまでローカルで積み上げてきたドキュメンタリー番組をヤクザで壊していけない、と。
もう一つの意見は社会的にはホワイトハンドの原則で、黒い手の人間に人権なんてないんだよ、と。

放送をどうしたらいいのか、一度はやめた方がいいという意見が出つつ、
東海テレビ本体ではなく報道局内での非常に建設的な表現をしていく上でのしのぎ合いがあった。

2015年3月30日(月)にテレビで放送している。
74分で、東海テレビローカルで愛知県、岐阜県、三重県の1200万人エリアに放送された。
通常、土曜か日曜のお昼にドキュメンタリーを放送しているが、
ちょっと腰が引けて、昼に放送すると青少年への影響もあり、批判も変な形で反響するのは嫌だなあと思い、
それもありつつ、生活音が消えたところでじっくり見てもらいたい思いもあった。
日曜の深夜に24時35分くらいから放送した。
放送したところ、よく取材して見せてくれたというのが東海テレビのエリアの方々の意見でった。
本当のところは6対4ぐらいで、こんな反社会的な番組を作るなんてけしからん、
何を考えているのか、ヤクザを肯定するのかという意見が4割ぐらい来ると思っていた。
喧々囂々の論議が起こるかと思ったが、95対5くらいでよく放送した、初めて見るものだった、と
結構、制作意図を理解してくれた。

それはおそらく、年間3本から4本くらい厳しいものも含めて
しっかり時間をかけてドキュメンタリーを作っているので、
東海三県の視聴者、同時代同地域の人たちが我々の番組については覚悟して見てくれる
ということができるようなったのでは、と。
そういうコミュニケーションが成り立つようになったような証のように思えて、
これはぜひ全国で見てもらいたいと思った。
単館上映という形で再編集して、監督が思いのたけをぶつけられるよう、96分という形になった。

これが去年の3月からの出来事。

集団的自衛権の話もそろそろ出てくるころで、突っ切る方法は「憲法」だ、と。
編集の最後の完全パッケージになる10日前くらいに「ヤクザと憲法」とタイトルにして、
憲法14条を出そうと決めた。

報道部長、報道局長が壁になってやめるべきだと、エキセントリックすぎるとか、
ヤクザ寄りに見えるよとか、ヤクザを擁護していると取られて二度と番組を作れなくなるかもしれないよ
という壁を作った。

その壁を乗り越える方法を考えて、「ヤクザと憲法」というテーマが出てきた。

去年の3月30日の放送が終わって、二週間くらい後に川口会長を訪ねた。
いろいろな人からええ味出ているなあと言われた、と。
岐阜に墨俣城のところに桜を見に行ったときに、知らないおばさんにテレビの人と声かけられた、と。


<圡方>
愛知県警は興味持って番組を見ていたとのこと。
警察は縦割りだから、愛知県警は大阪府警のことは関係ないから笑いながら見ていたはず。

名古屋は弘道会がいるが、街ではまったくヤクザを見ない。
僕らもどこにいるのかまったくわからない。

大阪はすごく地域に根差している。
正直、もっと一般人の人がヤクザに対して虫けらのように扱っているような
今の世の中がヤクザに対してどう思っているのかのところを撮りたかったが、
通天閣の近くの串焼き屋のおばちゃんみたいに、ヤクザええでみたいな
思った以上に溶け込んでいた。

多分、昔ながらのヤクザだからだと思うが、近所、地元から嫌われたら生きていけないというのがある。
カットしたが東組の総長の葬式の場面で近所の人たちが結構、見に来ていた。
近くまでは来ていないが、ええ人やったのになあと普通に立ち話をしていて、
このような関係性なのだとびっくりした。


<阿武野>
愛知県だけではなく、全国に暴追センターがある。
暴力追放推進県民会議。
愛知県の暴追センターは全員、この映画を見に行けと言っているらしい。
やはり実態を知らないまま、一体、どういう人間がどういう経緯でヤクザになっていったか、
どんな考え方をして、どんな顔付きで、どんなものを食べて、どんな話をしているのか
高齢化しているのか、など見てみないとわからない。
古典的なヤクザの集団かもしれないが、実態として可視化しているので
そういうものとして見に行きなさい、と。

東京や名古屋では、毎回、数人ほどヤクザ業界の方が見に来ているらしい。
見て、自分たちがこう写っているのかとおそらく対象化するかもしれないので、
それはそれでいろいろな見方があると思った。

組員が誰か助けてくれる人いるのか、誰も助けてくれないと答えるシーンがある。
助ける人がいるかいないかで、右に行くのか左に行くのか、
ヤクザになるのか何とか社会生活を営んでいけるのか、という
その危うさ、ギリギリの中に誰も生きているのに、なんとなく社会のド真ん中に自分がいるような
気持ちで人を攻撃する社会はおっかないと思っている。
この映画は他人事でもない。

我々は社会のド真ん中で生きているつもりでいるから感じないかもしれないが、
事によって一度はじき出されたら、こういう目に遭うということを想像して観てほしい。




<質疑応答1>
関西人なので、地元が出て、切実に見させてもらった。
ヤクザというベールを取ると弱者として生きていると感じた。
映像を通して、温度というものがわからないので、現場で感じた温度はどういったものか。
次に追いかけたいものは何か。


<圡方>
距離感がすごい近い人たちと思った。

一般の人はほどほどの距離感を保つのが得意で、
敵でもない味方でもないみたいな他人行儀で話せる人が多いが、
彼らは距離感がすごく近い。親近感がある、壁がないというか。

逆に言うと、それだけ近くにグッとくるので、タコ焼きなどをおごってくれようとして、
それは食べれない、暴排条例で・・・と言うと、
段々、なんでわしらの好意が受け取れないのかと怒りに変わる。


<阿武野>
仲良くなっちゃいけないと思いながら、しかし知りたいわけで、心の中で葛藤があり続ける。
取材対象として、彼らを守らなければならない部分もある。
映画やテレビで彼らを扱うことで、彼らに不利益を起こらないようしないといけない。

一番難しいのは犯罪をそのまま見過ごすことはいけないこと。
取材者の立ち位置が極めて難しい。
圡方がよくやりきったと思う。

ヤクザのみなさんから、何かを感じてもらう、日本人の何かを感じてもらう、
日本の何かを感じてもらう、今の日本の何かの姿を感じてもらう、
向こう側から見える市民社会はこんな感じなのか、というのを見てもらえればと思う。


<圡方>
21歳の彼はここ以外居場所がない、と。
ここを追っ払われると行くところがない、と。
組が魅力的というよりも、組以外にいる場所がない。
僕らはなぜ続けているのかという思いがあり、
何回も何回も彼にインタビューをした。
取材を通して感じたのは、彼が学校の中で排除されているという状況と
今のヤクザが社会の中で排除されているというところが似ていると思った。




<質疑応答2>
なぜ、タイトルが「ヤクザと憲法」なのか。
憲法は関係ないとずっと感じた。
「ヤクザと人権」というタイトルはできなかったのか。
「ヤクザと憲法」でないと、タイトルが通らなかったのか。

暴排条例ができて、マスメディアの中の報道でヤクザ、暴力団を論じるときに
言説に以前に比べて変化があるのか、圧力という形になっているのか。

暴排条例に反対する知識人たちの集会があって、それに関する論評、報道など
以前に比べて変わっているのか。


<圡方>
暴排条例ができてからのメディアの暴力団取材で実感するのは明らかにやりにくくなっている。

警察を通して彼らを知る以外、取材は何もやっていない。
何をしたら暴排条例に引っかかるのかというのがメディアもわからない。
厳密に言うと、法律ではなく条令なので警察の判断一つとなる。

例えば、この作品を作るということで、暴力団に利益を供与しているじゃないか、
暴力団の肩を持っているから利益供与である、と判断されるかどうかは正直わからない。

もしこれで東海テレビにガサを入れてきたとしても、
やっぱりだめだったのか、そうだったのか、ということを思ってしまう状況。

タコ焼き一個をおごってもらうこと、車で駅まで送ってもらうことすらもアウトかセーフかもわからない。

実際にやってみて捕まったらわかるということなので、
そんなことは今のメディアは恐ろしくてできないだろう。

だから安全なやり方というか取材すること自体が利益を供与しているなんて
冷静に考えたら考えにくいが、メディアはびびっているというか自主規制している。


<阿武野>
ヤクザを扱うこと自体がタブーになっている。
例えば、山口組と神戸山口組の分裂があったが、ほとんど報道されていなかったのでは。
突然のように最近になって、車を騙し取ったとか軽微な事案で家宅捜索が入った
というような報道がされるようになった。

テレビではほとんど扱わない。
絶滅をしていく過程にあるもので、すでに扱わなくてよい存在になっている。

圡方が暴力団をやってみたいと言い出したときは山口組と神戸山口組の分裂のずっと前で、
誰も触らなくなったものについて、必要悪という論調ではなく、
ヤクザそれでも人間ではないのか、という考えだった。

追い込まれ方がおかしいのではないのかというのが根本的に頭の中にある。
川口会長自身も、ヤクザなんていない方がいいんだと最初答えた。
だから、私たちは追い込み方、暴力団をやめさせる過程というのがおかしいのであって
それでも人間ではないのか、と思うところまで下がらないと
このドキュメンタリーが作れないと思ったときに、ストレートに「ヤクザと人権」というとつまらない。
人権?ああもうわかったわかった感じになる。

もう少し、世の中に憲法とは何かと広まり始まる題材でもあるし、
憲法が蹂躙されているのは9条だけではないというのも含めて
大きな視線でまったく異質なヤクザと憲法をくくってみると、
観た人に広がりのある想像力が生まれてくるのではと思う。




<質疑応答3>
ヤクザはここまで追い込まれていたのかというのが率直な感想。
ヤクザと言えば羽振りが良く、お金をいっぱい使うイメージがあると思うが、
経済的にかなり厳しいのが垣間見れた。そのためか元気がない。
暴排条例も想定以上にかなり効いている。

全国のヤクザは追い込まれているのは間違いない。
ラストでの言葉の通り、ヤクザを辞めても受け入れるところはない。
となると、マフィア化するしかない、もっと裏に隠れて犯罪的なことをするしかない。
ヤクザを一方的に排除することで、恐ろしい事態が進もうとしているのが改めてわかった。

で、ヤクザに対する風当たり、規制はまだ激しくなるだろう。
ヤクザというだけで、まるで身分法のごとく排除されるだろう。
これはまさに憲法14条の法の下の平等に違反する違憲状態とも言える。
そもそも、暴排条例とか憲法14条違反の違憲の可能性が非常に高いもので、
国会通過をまともにできないので、条例という形で制定している。
ヤクザだから銀行の口座を作ったら犯罪、宅配便も遅れないなど、
暴排条例の制定はまさに「権力の暴走」とも言える。
この憲法違反、権力の暴走とも言える状況が起きている中、
厳しく言えば今になってこの問題を取り上げたのはなぜか。もっと、前に指摘できなかったのか。
昔ならテレビでもザ・スクープなどもっと取り上げていたのではないのか。
権力チェックがメディアの使命だろう。


<圡方>
僕は指摘というより考えもらうレベルでドキュメンタリーを作った。
現状を知ってもらいたい、自分自身も知りたい。
知ってそこから、いろいろな考え方が生まれると思う。
自分自身もそうだが東海テレビのドキュメンタリーもそうだが、
こっちに思ってくれというのはなく、これを見てモヤモヤしたり考えてほしいというのがある。

あれ何かおかしいぞと考えてほしい。
憲法違反だと強く言えないところがある。

暴排条例がきっかけで、一般社会とヤクザというものは隔たりがあるのが実際に見ていてわかる。
理屈で本を読んでみても、よくわからない。

今のメディアは警察側から話を聞く。それしかない。
そうなると、どんどん警察側からの立場になる。
中立に考えようと思っても、一方だけの話を聞くと、どうしても警察側になる。

阿武野もよく言っているが、向こう側に入って社会を見てみるのが大事と思い、
それを見た上でどうだこうだが大切。
抽象的な回答で申し訳ない。


<阿武野>
多様な物の見方ができるようになるのが大事だと思う。

権力チェックも大事だし、そのことをやめてしまえばテレビ局なんかいらないとも思う。

ただ、ある論調、イデオロギーに思いっきり持っていって、何が起こるかというとバッシングが起こる。
そうではなく、いろいろな物の見方ができればいいなあというのが僕らの根底にある。

見えないものを見たらどう思う?僕らが初めて見たものだから
ぜひみんなに見てもらいたいというところで動いている。

このドキュメンタリーも40分テープで500本くらいで100日くらい取材に行っている。
何を提示しようしているかというとヤクザはこんな風だ、こんな追い込まれ方になっている。
この追い込まれ方はいいのか、と。

ヤクザを肯定するつもりも擁護するつもりもない。
川口会長もヤクザはいない方がいいという考え方。

なくならせるプロセスを考えていかないと、今のやり方は間違いじゃないのか
という提示に留めている。

そこまでしか我々にはできない。
テレビは弱い。




<質疑応答4>
「ヤクザと憲法」というタイトルに惹かれて、大分から観に来た。
普段は憲法を意識することはない。それは自由だから。
ヤクザの人たちの不自由を垣間見れた。

出演したヤクザの人たちは今回の作品をどう思っているのか。
警察の反応、他のヤクザの人たちはこの作品をどう思っているのか。


<圡方>
ヤクザの人たちは興味深く見ているらしい。
名古屋のヤクザの人たちは録画して、組事務所で見たらしい。

意外と聞くのは、彼らにとって日常生活なので
それを見せて何が面白いのかというところがあったという。

僕らが見ると初めて見る世界だが、彼らからすると当たり前の日常。

考えてもらうという作りなので、もしかしたら物足りないと思われるかもしれない。
よくやってくれたというものはない。


<阿武野>
メリットは彼らに何もない。
目立つだけ損で、警察から目をつけられる。
取材を受けたのは自分たちがこういう状況にあるということを知ってもらいたい
という川口会長のその一点だけ。

死刑弁護人というドキュメンタリーを観て、信用してもらえた。
どんなリスクもあっても俺が判断したこと、だからリスクは甘んじて受けるという男義があったと思う。

映画「牡蠣工場」舞台挨拶、トークイベント

2016年1月23日(土) KBCシネマ(福岡県福岡市)
映画「牡蠣工場」 舞台挨拶、トークイベント
出演:想田和弘監督


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今日、「牡蠣工場」はKBCシネマで日本で初めて一般公開された。

この映画を観た方、予告編を観た方の中に、
中国人実習生の問題、東日本大震災の傷跡とかテーマが先にあって、
そのテーマを描くために牡蠣工場を探し当ててそこに辿り着いたと見られてしまうが実は違う。

まったくの偶然で、カメラを持って牛窓に行ったときは牡蠣工場を撮る予定ですらなかった。
では、何故、牡蠣工場にカメラが向くことになったかというと妻の母親の故郷が牛窓だった。

よく牛窓には遊びに行っており、ここ数年は妻の母親の同級生のお家の離れが空いているので
そこを使わせてもらって夏休みを過ごしたりしていた。

浜辺とかで妻が太極拳をしていて目立ったせいか、漁師さんたちに話しかけられ、
そうしているうちに漁師さんと仲良くなった。
その漁師さんたちは70代、80代だった。
後継者もおらず、魚も減っているという。
もしかしたら、牛窓という街から漁師さんがいる風景が、
僕らが当たり前と思った風景が消えてしまうのではという気がした。

もし、そうだとしたら全国的に言えることではないか、
牛窓でそうだとしたら日本全国で起きているのではという気がした。
日本は海洋民族で、海に囲まれていて、水産物と漁業に関係の深い
国民性だと思うが、その漁業をする人たちが沿岸から消えてしまう、
その前に記録しよう、あとよく見せてもらいたいということで
漁師さんにカメラを持ってお邪魔したいとお話しした。
それが夏で、実際にカメラを持って行ったのは11月。

その漁師さんはタコ漁をしていたのだが、実際に行ってみたら、
今はタコではない、牡蠣の漁だ、と。
そのときは知らなかったのだが、牡蠣工場を持っていて、
牡蠣を剥く作業が11月から始まり、今がちょうど忙しく、
牡蠣工場でよければどうぞということで撮り始めた。

ここに中国人の方がやってくるとか、漁師の方が宮城出身だとか
まったく知らず、カメラを回して追ってみたらこうだった。

カレンダーに「中国来る」と書かれていたのが大きい。
自ら観察映画と言っているように、そこにあるものをよく見るようにしている。
カレンダーを見ると、11/9(土)に「中国来る」とメモ書きされていた。
これは一体何だろうと思って、会話に聞き耳を立てていると、
二人の中国人労働者がやってくるのが11/9(土)ということだった。
みんな、不安と期待が入り混じってピリピリしていた。
どんな人が来るのだろう、どういう風に打ち解けよう、と。

ここでまた中国に出会うとは思わなかった。
その直前に中国に映画祭で行ったりしていた。

グローバリズム、国際化というキーワードで語られるような現象がそこに起きていた。
牛窓はかつて非常に栄えた町だが、今ではどんどん人口が流出して過疎化が深刻。
労働者がいなくなっていて、働く剥き子さんがいなくなったので中国人を呼んでいる。

過疎化していく古い古い町というのと、グローバリズム、国際化というキーワードが
僕の中でまったくつながらないのだが、
実はよく考えると、過疎化が進んでいるこういう町だからこそ、
グローバリズムといった現象の最前線があると気が付いた。

広島で牡蠣工場で殺人事件が起きており、その事件が記憶に新しい時期で
中国人労働者が来るときに途中で撮らないでくれと背中を向けて言われ、
抗議されたときは本当に焦った。
そのときは広島の事件はまったく知らなかった。


僕は観察映画の十戒をもっている。
・被写体に関するリサーチを行わない。
・被写体と撮影内容に関する打ち合わせは原則行わない。
・台本は書かない。作品のテーマや落としどころは撮影前や最中に設定しない。
 行き当たりばったりで撮影し、予定調和を求めない。
・カメラは一人で回し、録音も一人で行う。
・必要ないかもと思っても、カメラは長時間あらゆる場面で回す。
・広く浅くではなく、狭く深くを心がける。
・編集作業でもあらかじめテーマを設定しない。
・ナレーション、説明テロップ、音楽を原則使わない。
・観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し余白を残す。
 その場に居合わせているかのよう臨場感や時間の流れを大切にする。
・製作費は基本的に自社で出す。
 金を出したら、口を出したくなるのが人情。
 ひも付きの投資は一切受けない。
 作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはあり。

今回も牡蠣工場を何も知らない状態でカメラを回している。
何故そうするかというと、先にリサーチして知識を仕入れてしまうと
それが自分のバイアスとなって知っていることばかり撮ろうとしてしまうため。


映画を撮る前はNHKのドキュメンタリーを撮るテレビディレクターをしており、
40本から50本ほどテレビ番組を撮った。
まさにそのときはリサーチをするのが当然ということで、
被写体と打ち合わせを重ねて、何が撮れて何が撮れないと全部把握して台本を書く。
ひどいディレクターになると、起承転結が最初から最後まですべて決まっていて、
エンディングまで決まっており、誰々が何を言うと取材対象者のセリフまで書き込まれている。
ナレーションも書いているので、その台本を持って取材に行く。

その台本はプロデューサーと一緒に詰めており、
プロデューサーがそれにGOサインが出ないと撮影に行けない。
しかも、プロデューサーは一人でなく、その上に何人もヒエラルキーがあり、
そこを全員通している。
だから、台本を逸脱することはすごい大変。

ドキュメンタリーは台本通りに展開するわけがない。
行ってみたら、必ず違う現実が展開している。
展開している現実の方が面白い。
そこで面白い現実を撮って帰ると、そうするとプロデューサーからものすごく怒られる。
何故台本通りに撮らないのか、オレはこんな番組を承認した覚えはない、と。
プロデューサーの立場からすればそうかもしれないが、
ドキュメンタリーだから違うものが撮れて当たり前。
それが通らないということで理不尽さを感じて、リサーチや台本はいらないとずっと感じていた。

これはNHKだけでなく、他局もそう。
日本だけでなく、他の外国もそう。


ドキュメンタリーは映像による日記という位置付け。
牡蠣工場は一週間だけ撮影した。
一度撮影を断られたシーンが出てきたが、あの翌日にもこの辺で止めてほしいと言われた。
新しいことを始めたというときで、不安がある上に
僕らがいるということは不確定要素が二つになったため。
撮れるものは大体撮れたので、牡蠣工場の撮影は一週間で終えた。
一週間とはいえ、毎日朝から晩まで牡蠣工場に入り浸るというのは普通できないこと。
アウトサイダーながら、その中でいろいろな人に会い、
いろいろな場面を目撃し、いろいろな話を聞いた。
その体験を映画的リアリティーに構築し、それを観客と共有するのが
僕がドキュメンタリーを撮る目的の一番大きなもの。

自分は牡蠣工場の世界はこんな風に見えたということを
観客と共有して疑似体験、追体験してもらいたい。


実は牛窓には三週間撮る予定で行った。
一週間で断られたので、あとの二週間はぷらぷらしようと
カメラを持ってうろうろしていたら、86歳の漁師の方と出会った。
70年間漁をしている方で、小さい船を持っていて今でも漁をしている。

ずっと漁をしていたせいかヨボヨボ歩いていて、
本当に漁に行って大丈夫かと心配になったくらいだったが、
実際に一緒に漁に行くとシャキッとなって物凄かった。

残りの二週間はその漁師の方、村にいるお婆さん、魚屋さんも撮った。
それも含めて一本の映画にしようとしたが、
牡蠣工場だけで一本に立たせたら面白いと、別々の二本にした。
もう一本は編集中。

僕の映画は情報を伝えるジャーナリズムとは違う。
映画というのはスリルとサスペンスという縦糸みたいな次を見たいと思わせる部分があり、
一種のドラマとして構築していくという意識はある。

メッセージはない。伝えたいことは僕の体験で、文字で書けるようなことではない。
だから、映画を作っている。
普段はいろいろ言語化し、文字にしていることをやっているから
それを探す方も結構いるかと思うが、映画ではメッセージのことはまったく考えていない。
描写をして自分の体験を共有して、
あたかも牡蠣工場の世界に放り込まれた体験をしてもらったときに
その体験から何を思うかは一人一人違う。百人いれば百人違うはず。
一番つまらないのはすべてメッセージに従属している映画。


311の東日本大震災、原発事故が起きる前までは政治的発言は控えるようにしていた。
政治的発言をしていると「選挙」という映画は色眼鏡で見られる。
例えば、自民党を陥れるために作ったんじゃないか、と。
あと、考え方が真逆の人が映画を観てくれないのでは、と。
政治的発言はしないようにして避けていた。

東日本大震災が起きて、原発の事故の様子をニューヨークで見ていた。
もしかすると帰ることがなくなるのではと思った。
東日本にもしかしたら住めなくなるという最悪のシナリオもあって、
東京放棄もあり得る状況だった。
幸いにしてそうならなかったが、そうなる可能性はあった。
そのときに自分の映画がどう見られるかどうでもよくなって、
感情的にいろいろとツイートし始めた。

その結果、雑誌とかに寄稿の依頼があり、いろいろと記事を書いたが、
映画を撮っていることも知らない人も出てきたぐらい。


海外で公開する際、瀬戸内海の片隅にある小さな牡蠣工場という半径1kmくらいの世界を撮って、
日本を全然知らない海外の人たちが見たときにわかるかなあ、伝わるかなあと思った。
あまりにもローカル過ぎる世界。
映画をあまり観ないアメリカ人の友達に見せたら、2時間半ずっと飽きずに観ていた。
それを見て、全然大丈夫と思った。

中国人が5日で辞めたという話が出てくるが、
ニューヨークでも同じようなことが毎日起きている。
レストランに入れば、そこで働いているのはメキシコ人、中南米の人。
外国人の労働者がいなければ、成立しない生活になっている。
スイス、フランス、モンテロールとかに行ってもそう。
みんな自分たちの問題として見る。

こんな小さなところにカメラを向けているのだが、
そこにもっと大きな世界の話があり、もっと普遍的なものが
世界のエッセンスというのが見える。

考えてみたら、当然。
牛窓も他の世界から隔絶されているわけではなく、世界の一部分。
必ず世界の力学の影響を受ける。
僕の理論は「世界は細部に宿る」。
何故かというと細部は世界の一部分なので世界の影響を受ける。
世界の構造の縮図が大体、細部に宿る。
狭く深くを心がけると言ったが、
小さい領域を深く見ていけば必ずそこにもっと大きな世界の構造、エッセンスが
映り込むはずだという確信はある。
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