2014年10月

寺澤有講演会「秘密保護法の施行を差し止めなければならない理由」

2014年10月26日(日) 広島YMCA国際文化ホール
寺澤有講演会「秘密保護法の施行を差し止めなければならない理由」


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昨日、渋谷で秘密保護法に反対するデモがあり、大学生がよびかけて二千人が集まった。
東京にいると、秘密保護法に対する危惧がいろいろな人から伝わってくる。
日常会話などで、本当にまずいのじゃないかと伝わってくる。

秘密保護法は12月10日に施行される。
その前に、秘密保護法施行の先取りではないかという常岡事件が先日起きた。

常岡浩介氏・・・地元が長崎ということで大学卒業後は戻って長崎放送で記者をしていた。
1996年に長崎県警が暴力団と癒着していた事件を通じて常岡浩介氏と知り合った。
暴力団に拳銃を提供させて、それを警察自らが見つけたということにしていた事件。
1995年から1996年にかけて全国の警察で行っていた。
普通の捜査では拳銃を見つけることは困難。
そこで暴力団と取り引きをして、覚醒剤、売春、ノミ行為などを見逃す代わりに拳銃を出せとした。
暴力団にどこかのコインロッカーに入れて電話しろとして、
俗に言う「首なし拳銃」で犯人が付くことはなかった。
当時、コインロッカーでよく見つかったのはこのためで、全国で行われていた。

長崎県警は裏金作りとかもしていて、そのことを週刊誌で記事を書いてスクープを飛ばした。
地元の長崎の新聞やテレビは追っかけはするが、警察との関係で書けないでいた。
警察との関係とは、いろいろな事件や事故、街ネタなどの情報源のほとんどが警察にあること。
警察には情報が集まっているので、警察と仲良しになると、向こうからいろいろと教えてくれるが、
逆に、警察の不祥事を追求すると情報がもらえなくなってしまう。
他社に教えてお前には教えないという事態となると、大きな事件を一社だけ書いていないことになる。
俗に言う「特オチ」となる。
特オチを避けるために、警察のことはよく聞くことになっている。

長崎では常岡浩介氏だけが連絡してきて、一緒に追求することになった。
その頑張りもあって、地元の放送局として批判的な放送を続けることができた。

地方での限界などもあって、常岡浩介氏は長崎から東京にフリーランスとして拠点を移した。
常岡氏は大学時代から世界各国を回っており、その後、チェチェンやイラクなどの戦場取材を行った。

実は新聞、テレビの記者はほとんど戦場には行かない。
最初の湾岸戦争のときからそうで、自分の社員に何かあると困るということで、
戦争になると引き上げてしまう。
そこで戦場に残って取材を続けるのがフリーランス。
フリーランスに万が一のことがあっても、テレビ、新聞、出版社の責任問題にはならない。

世界の戦争、紛争のことを伝えているのはほとんどフリーランス。
新聞、テレビ局の記者が直接行って取材をするというのは基本、会社が許さない。

危ないところに行ったり、警察と敵対するのはほとんどフリーランス。
新聞、テレビ局が警察と敵対すると、情報がもらえない、他に幹部の不祥事などを突っ込んでくる。
日本、世界で、なかなか表に出てこない暗部を表にさらすというのがフリーランス。

常岡浩介氏は今までイスラム国に三回潜入を行っている。
アフガニスタンで2010年に五ヶ月、人質として監禁されていたというのは大きなニュースになった。
その中で、世界のイスラム教徒と人脈ができて、イスラム国へ手引きされて入国することができた。
そうしてイスラム国の司令官と会って、話を聞くことができていた。
おそらく、西側諸国の中でイスラム国に入って司令官と話ができるジャーナリストは常岡浩介氏だけだろう。
他のジャーナリストは拘束されて殺害されている。

常岡浩介氏が持っている情報をCIAなどの情報機関、日本の公安警察などは知りたい。
イスラム国の実情、どんな人物とコンタクトしてイスラム国へ入国できているか、など。

日本の公安警察はCIAと昔からつながりがあり、おそらくCIAから常岡浩介氏から
情報を取ってこいと言われているだろう。
10月6日に家宅捜査を行い、パソコン、携帯電話、ビデオカメラすべて持って行った。
常岡浩介氏は警察と対峙してきた人間だから脇の甘いことはしないのだが、
そこで持ち出してきたのが刑法93条の私戦予備・陰謀の罪だった。

私戦予備・陰謀の罪で過去に起訴された人はいない。
ましてや強制捜査などもなく、今まで一度も使われてこなかった。
今回それを持ち出して、家宅捜査を行った。
逆に言えば、その法律しか使うことができなかった。

常岡浩介氏はジャーナリストなので、私的に外国と戦闘するなどない。
どういった理由で家宅捜査令状が出たかというと、それは8月にさかのぼる。

同じくイスラム国に入って司令官と話ができるのはもう一人いて元同志社大学教授の中田孝氏。
ジャーナリストではないが、常岡浩介氏の知人の人物。
常岡浩介氏はその中田孝氏からイスラム国、シリアに行きたいという北海道大学生がいるということで、
もし良ければ同行取材してくれないかと話があり、
8月にその大学生と会ってカメラを回して話を聞いていた。
テレビで流れた例の映像がそのときのもの。
彼の話からこれは行かないだろうと踏み、北海道大学生がパスポートをなくしたとかで、
自分の友達でそんなところに行くなと隠したとかで、8月は行かなくて、その後コンタクトがなかった。

元々、常岡浩介氏は10月7日にイスラム国へ取材に行く予定だった。
その前の10月4日に中田孝氏から連絡があり、北海道大学生がまたイスラム国に行きたいと言ってるから
一緒に同行させてくれないかと家まで訪ねてきたとのこと。
本当に行くのかなと疑問があったが、出発日の前日の10月6日に警視庁公安部が
いきなり来て家宅捜査を行った。

ここで私戦予備が何故出てくるのかというと以下。
北海道大学生がイスラム国に行きたいという理由が自殺願望とかあって
生きてても仕方ないので戦って死ぬというようなことを言ったくらいだったのだが、
北海道大学生が海外に行ったことがないという人で、常岡浩介氏が代わりにネットで手配してあげた。
航空券を予約してあげたということで、裁判所が礼状を出して家宅捜査を行った。

今まで取材してきた成果をすべて持って行った。
日本の警察、CIAはイスラム国に対して情報収集能力がなく、そのため
ジャーナリストのイスラム国の取材成果をすべて持って行った。

これはとんでもない話だが、日本で堂々と行われている。
秘密保護法が施行されると、もっとひどくなる。

テロ防止、特定有害活動、スパイ防止、その他防衛関係という理由で、
秘密を探ろうとした人物をたとえ取材であってもすぐ逮捕していいというのが秘密保護法。
12月10日の施行からはわざわざ私戦予備を持ち出す必要はなくなる。
東京にいるとよくわかる。東京にいるとあと一ヶ月そのような社会になるのがひしひしとわかる。

昔から新聞、テレビは政府、役所の発表報道になっている。
新聞、テレビの記者の多くが政府、役所の発表をそのまま書いた方がいい、
余計なことをするから誤報とかになる、と考えている。
それではおかしい、真実を取材して国民に伝えなければならないというのがフリーランスである。
秘密保護法が施行されると、いきなり秘密保護法違反を名目に逮捕、家宅捜査が
行われるようになってしまう。

12月10日以降、フリーランスの主戦場でもある週刊誌、月刊誌などの雑誌、ネットなどを見ていてほしい。
おとなしい報道になるはずだ。発表物ばかりになるはずだ。

秘密保護法が施行されると取り返しがつかなくなる。
フリーランスにとっては死活問題で、我々を取り締まるものだということで、
呼びかけてフリーランスで集団訴訟を行った。
2月、3月に構想して、ネットや直接呼びかけたりして、43人集まり違憲訴訟を行った。
その中に名前を知らない人が半数以上いた。

現在、東京地裁で続いており、訴えているのは以下。
秘密保護法は国民の知る権利を侵害する違憲なもの。
国民には政府が発表するもの以外は伝わらなくなるというもの。
民主主義に根幹にかかわる話で、報道の自由、取材の自由、報道の自由を侵害するもの。
施行されて誰かが捕まってからでは遅い。五年、十年後に無罪が証明されてからでは遅い。
政府、警察にしてみれば、自分に都合に悪い記者を逮捕、勾留すれば目的は足りる。
都合が悪いことが表に出なければいいので、十年経過して無罪となっても遅すぎる。

普通、法学部とかでは違憲訴訟はできないと言われる。
日本では憲法裁判所がないので、法律自体が憲法違反だと訴えは不適法だから却下されるというのが
法学部とかで教えられる。
しかし、今回の違憲訴訟は施行されてからでは取り返しがつかなくなるので
裁判所に事前に施行される前に違憲だと確認させて差し止めろと主張している。

東京地裁は大阪もそうだが裁判官の中でも官僚的な裁判官が集まっている。
まさに霞ヶ関の役人で、すぐ却下されるだろうなと予想していたが、
関心が高いとのことで、すぐには却下しない状況。
これまで二回口頭弁論があったのだが、二回とも傍聴席が満席となった。

こちらは原告43人の尋問をしてほしいが、東京地裁が認めるはずがないので、
意見陳述という形で、紙に書いたものを三分から四分ほど述べることができるのでそうした。
ただし、意見陳述は直接の証拠にならない。
一回目は四人が意見陳述を行った。

於保清見
ヨーロッパでの大学院でジャーナリズムを勉強してきたことをふまえて、
日本では新聞、テレビ局の社員ではないと報道と看做されないのでは、と。
フリーランスを報道と看做さないとなると、報道の自由が侵害される。

丸太潔
いとこの海軍大将の逸話を話して、秘密保護法の問題を指摘。
海軍大将が戦前に治安維持法がなければもっと議論ができて
戦争が起きなかったではと話していたとのこと。

安田浩一
秘密保護法に適正評価がある。
役人が幹部になると、特定秘密を扱える人間なのかとおそらく公安警察が調べる。
身内に共産党、左翼右翼のセクトがいないかなど。
果ては借金、飲酒歴などまで調べ上げられ、社会に分断と偏見を生む。

意見陳述だけでなく、本人尋問も求めている。

他に二件、訴訟が起きている。
横浜地裁・・・弁護人の立場で訴訟
静岡地裁・・・市民が訴訟
ただし、両方とも二審が東京高等裁判所という問題がある。

全国で裁判を行ってほしい。施行されても差し止めを請求できる。
他の違憲訴訟と同様に、国賠も付けている。
施行されることにより、取材を妨害されたとのことで精神的な苦痛を生じたとして。

すでに、秘密保護法の萎縮効果が出ている。
霞ヶ関の取材では役人は前にも増して貝のように口を閉ざしている。
余計なことを言わないことがいい、と。
記者発表が出たこと以外は一切口を閉ざしている。
萎縮効果が始まって、取材が妨害され国民の知る権利が侵害されている。

裁判が起きている間は政府は手荒な真似はできないはず。
裁判の途中で、無理筋なことでジャーナリストを逮捕するとその通りだと裁判で言われる。
全国で裁判が続いている間は手荒なことはできない。
勝ち負けではなく、裁判を起こして抵抗することが大事。

秘密保護法に対して、デモや集会もいいが、一番政府に対してダメージに与えるのは違憲訴訟。
訴訟をやるということは国側が公開の法廷で反論しないといけない。
危惧していることは起きないということを説明しないといけない。
裁判所もそれに基づいて判断しないといけない。
これは後世に残る。
集会やデモがその瞬間では報道されるが、後世に残るかと言えばそこまで残らない。

広島でも違憲訴訟を行ってほしい。
勝ち負けではなく歯止めになることを説明できれば、賛同してくれる弁護士が表れるはず。

警察との関係がある限り、新聞やテレビに期待できることはない。
リークで書くことが日常になっている。
個人個人の記者が良くても、組織自体がそうなっているので期待できない。
今回の常岡事件とかも騒ぐことはなかった。

週刊誌、月刊誌の部数が落ちて、同時に影響力が落ちている。
逆にネットの方に影響力がある。

10月7日にイスラム国へ取材に行く予定で、その直前の10月4日に北海道大学生がいきなり
また行きたいと言い出す流れは北海道大学生は警視庁のスパイ、協力者になっていたのでは。
8月からまったく連絡がなくて、イスラム国へ行く直前に行きたいと言い出し、
出発前日に家宅捜査を行うとは警視庁公安部が仕組んで起こした謀略事件では。
新聞、テレビ、週刊誌でこのような論調はない。
目的は自分たちが手に入れることができない常岡浩介氏の情報を得るため。

民主主義の根幹で、表現の自由、報道の自由、取材の自由は最も大切な権利である。
自由に議論できる、知りたい情報を政府から開示してもらってそれを基に議論することこそが民主主義。
秘密保護法はまったくの逆である。

BOOKマルシェ佐賀+C3 2014 宮台真司 辛酸なめ子 トークショー

2014年10月4日(土) シアター・シエマ(佐賀県佐賀市)
BOOKマルシェ佐賀+C3 2014 宮台真司 辛酸なめ子 トークショー
出演:宮台真司、辛酸なめ子


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佐賀は小さい街だけど、知的な感じがする。
田舎くさくない。


・映画「ぼくを探しに」
通過儀礼ものの映画。
トラウマによってしゃべれなくなった三十三歳の主人公が退行催眠を行う映画。

少年少女を主人公とする青春映画はほとんど通過儀礼もの。
通過儀礼ものとは不完全な状態から大人になるもの。子供が大人になるもの。
千と千尋の神隠しも通過儀礼もの。
自分と世界を改革するもの。

映画でピアノが出てくるが、ピアノは抑圧のシンボル。
子供のころ、バイオリンを習わさせられていた。
バイオリンやピアノは英才教育の象徴。
バイオリンは右手と左手はまったく違うことをやるということで、
数学的にいいということになり、バイオリンを習わさせられた。
ただ、バイオリンを習いに行くときに同級生からからかわれていた。


・映画「ヴィオレッタ」
解釈が分かれるだろう。完成度は低い。

親は無垢な少女を劣等感の願望実現に利用した。
女のコは特別になりたい、平凡ではなく非凡になりたく、
輝きのある存在になりたいという女のコの欲望がある。
母親から見ると、非凡な輝きを満たすことが子供のために何かしてあげることになる。
思い込みだが。

初期段階では共犯関係がある。
見た人がどれだけ重視するかで一方的なものか、そうでないのかで解釈が変わる。

フランスの恋愛文学、エロティシズム小説の伝統がある。
少女は無垢に見えて、実は悪魔。
無垢に見える悪魔に滅ぼされる男は福音なり。

アメリカの場合は、少女は単なる無垢。
すべてを受け入れてくれる無垢の少女。
フランス人がバカにするイメージ。


最近、また風俗で働ている女のコの取材をしている。

医学部や慶応、早稲田、東大など高偏差値の大学に通う風俗嬢の
ほとんど、すべてが親を恨んでいる。
この親さえいなければ、別の人生を歩めたのにとか
親が教えてくれた社会は実は嘘だったとか
この親さえいなければ接触できた世界に向かう。
ストイックに育てらたせい。

元日経新聞記者がAV女優だったというのが話題になったが、
彼女は宮台の本を読んで援交少女になったという。


高偏差値でいろいろな屈折をかかえている人は現にいる。
親への恨みがどこから発生するかというと、親自身の課題を子供の課題と重ねること。
親の課題は子供の課題となり、社会学で言うと課題分離の失敗。

子供が親の所有物みたいな扱い。
親の人格と子供の人格はそもそも別。
結果、思えば思うほど、思った方向に行かなくなり、
親が必ずこんなはずじゃなかったというマイナスの印象を子供に与える。

これがあなたにとって輝きがあるはずなんだ、
あなたはこれで幸せになるはずなんだという押し付け。
楽器を習わせる、御受験をさせるとか。
絶対お前のためになるんだ、あとで親に感謝するぞ、と。
御受験は典型例で、昭和30年代後半から始まった。

親への恨みの背景の一つに、親が教えてくれなかった社会を知る方法がなかったこと(宮台)。
それで映画を見だした。
12歳から10年くらいは映画は娯楽ではなかった。
世界がわからなかったので映画を見ていた。
だから、映画批評は娯楽というモチーフを完全に欠落させている。

昔は名画座があって、当時150円で二本、三本見れた。
週末のオールナイトで五本見れる。
オールナイトを毎週見ることで、月二十本ほど見れる。
一年見ると200本になる。


インターネットでナンパクラスタという界隈のがあって嫌な臭いがする場所。
ナンパの数を競う場所。
ナンパクラスタの多くは親を恨んでいる、特に母親に自己実現の道具にされてきた
耐久消費財扱いされてきた人が多い。
親が良かれと思っていろいろお節介を焼く抑圧を受けた結果、
頭のいい子供たちは女は風俗嬢、男は鬼畜系のナンパ師になる確率が高い。
宮台真司氏、元祖ナンパ師。


親の主観では愛の表現。
愛するという余裕があるラッキーな環境でもある。
ギャル系のジャンルの風俗嬢は、逆にネグレクトされてきた女のコが多い。
良かれと思ってされるのとは逆で、感情のプログラムがうまくインストールがされていない。
人の喜怒哀楽に反応できない人たちがすごく多い。
もちろん男にもいる。

両方が性的な逸脱の動機付けを与える。
・思い込みによる過干渉
・ネグレクト

性の問題というと、自分の親との関係を自分がどのように処理していくのか、
その処理の仕方をめぐるハンドリングの装置だった気がする。
自分の性をどのように自分でハンドリングするか、自分と親との関係に表れる。

今日のトークショーのテーマは「つながり」だったが、
人間の課題は獲得したものを継承していくこととすると、
自分たちが何かをすることで、自分より若い世代に何を残すのか
このような主題がますます重要となる。


感情の劣化が世界を問わず進んでいる。
昔は「キレる少年」と言われていたが、今では「キレる老人」になっている。
感情というものは先天的ではなく、あとから埋め込まれる後天的なプログラム。
そのインストールがうまくいかなくなっている。

ただ、感情のインストールしようと思ってそのとおりできるものもでなく、
インストールしようと思ってまったくでたらめになってしまうこともある。
その点を映画で見てほしい。


援助交際の初期の形もそうだが、不良から出発したわけではなく
偏差値の高いところから出てきた。
それには共通する動機がある。
恵まれ過ぎているというのがコンプレックス、劣等感が動機になっている。
自分はダークサイドがない。だったら、自分がダークサイドを作る、と。

人よりも深いダークサイドを抱えて生きると決断すると、
風俗の世界、JKビジネスの世界に入る。


AV監督のバクシーシ山下。
自らが何の変哲もない中流、何も特徴のない、
このままでは無名の入れ替え可能な存在として終わるとして、
自分と違う人物をモチーフとしていろいろな男と女を登場させた。

バクシーシ山下を会わせろとすぐに会いに行った。
すると、紳士的で普通のやつだった。
やはり、私はまったく平凡な人間なので、平凡であるということがつまらなくて苦しくて、
という動機だった。

金がなくて経済的弱者が風俗をやっていることばかり言われているが、
そうではない層は間違いなくいる。


子育てというのは勘違いの嵐。
良かれと思ったことが全部裏面に出る。
細かいやつは人を不幸にするから細かいことを言うな、いつも言っている。
自分は善とする態度を取らないというのは基本中の基本。
自分のいうことは大体間違えているけど、言わせてもらうと、それはやらない方がいいと思うよ
という風に言えばいい。


親に反発することでナンパ師になった(宮台)。
ネタではない。千人弱くらいナンパした。
親への復讐のモチーフがあって過剰になった。
それで劣化した。
劣化した状態で、援助交際の形を見つけた。
援助交際の形が自分よりもはるかに輝いている、幸せな人生を送っていると思った。
劣化していたので彼女たちの運気にあやかろうと思って、取材を始めた。
その経験がなかったら、きたねえ女たちだで終わっていた。


スキンシップが存在する環境で育った子供、スキンシップがない環境で育った子供、
子供の責任ではないところで、感情、心身の方向づけが変わってしまう。
もちろん、個人の性格もあるが、環境で感情の方向性が方向づけられる。

遺伝ではない、文化的な継承、、、自分の親からされたことを自分の子供にしてしまう。
子供に不思議な特性があると、親を見ると必ず対応物があり、祖父母が同居していると
その祖父母にも対応物が必ず見つかる。これはある意味、恐ろしいこと。
親が子供を抱え込むというのは恐ろしい。
親のバカがうつらないようにする必要があり、
そのために親が子供を抱え込めない状態にすること、

子供にとって親が唯一のホームベースだという状況が
病的だという社会的に評価していく必要がある。

日本では逆に親が何をやってたんだと言う。
親が何かしていた、してないで子供がどうにかなる社会がそもそもダメ。
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